結婚5年目の記念旅行を、首都エルサレムで過ごした。
レゲブにとっては13年目、私にとっても7年目の、世界のへそエルサレムである。
車で約3時間かけエルサレムに到着。
久々のエルサレムは、やはり空気が違い、人が違い、重く感じるのである。
かつて旧市街に入り浸っていたころは、旧市街を拠点にとにかくエルサレムを歩いたものだ。
旧市街周辺も、ヤッフォ通りも、観光案内は必要ない。
しかし、イスラエル人レゲブに、旧市街の観光案内をするとは思っても見なかった。
到着した初日は、ホテルより一番近い、イスラム地区のダマスカス門から旧市街に入った。
レゲブには前もって、英語でしゃべるようにと言っておいたが、
レゲブは「大丈夫・大丈夫」とあまり気にしていない様子だった。
夕方遅かったためか、人ごみもなく、意外と静かな様子で、
私の知っているイスラム地区とは、少し感じが違って見えた。
旧市街に入ってからというもの、レゲブは一言も言葉を発せず、
私の案内する後を、たまにニンマリと笑いながらついてくるばかりだったが、
後で聞いたところによると、この時、レゲブはイスラム地区にいる恐れはないが、
少なからず、緊張感があり、神経質になっていたそうだ。
かつては、旧市街のあらゆるところに兵隊が監視をしていた。
しかし、近年の紛争により兵隊は旧市街から姿を消し、現在は監視カメラが設置されている。
レゲブのようなイスラエル人が、イスラム地区を観光すると言うことは、
ある意味、危険なことなのである。
イスラム地区を抜け、ユダヤ人の聖地「西の壁」へ行くと、さすがに安堵する。
レゲブにとっても、「我らが地」である。
宗教心のないレゲブでも、少し、感激したそうだ。
私は何度となく、この「西の壁」にきているが、やはり、部外者であることを深く感じる。
ユダヤ人でない私は、信仰の象徴である壁には、近づきたくないのである。
遠くから眺めてるだけで、十分なのである。
今回の旅行では、キリスト教地区や、アルメニア地区を観光する時間はなかったが、
エルサレムの旧市街は、やはり、世界にとっても特別な場所であると、再認識した。
2日目は、「ヤド・バシェム(ホロコースト記念館)」へ行き、解説を聞きながら、
重く、苦しい、ユダヤ人の悲劇の歴史を、3時間かけて、見て回った。
何度も胸が熱くなり、涙がながれ、歴史という大きな流れを考えずにはいられなかった。
最終日は、エルサレム大学で勉強している日本人の友人に5年ぶりに会い、
キリスト教の地「エイン・カレム」の美しい景色や教会を見ながら、尽きない話で盛り上がった。
彼女は勉学を終え、7月に日本へ帰る予定である。
彼女もイスラエルに心を奪われた一人であるが、また、日本人として目覚めた一人でもある。
今後は、日本の子供達に、イスラエルについて、そして彼女の経験について伝えていくだろう。
いつもの、のんびり・リフレッシュ旅行とは違い、
都会エルサレムは、めまぐるしく時間が過ぎてしまった。
レゲブに見せたいところや、レゲブが行きたいところは、まだまだあったが、
週末のエルサレムは、とにかく、何もない(交通も店も、何もかも閉まっている)。
これもエルサレムの醍醐味ということで楽しみ、
ユダヤ人宗教家、アラブ人、世界から来る観光客など、普段あまり眼にしない人々をみて、
たっぷりと観光客気分を味わってきた。
カテゴリー: 旅 | タグ: イスラエル、エルサレム


