投稿日: 31/08/2008 | 投稿者: keiko
ヘブライ語名を「חבצלת החוף」(ハバツェレット ハホフ)といい、俗名「Sea daffodi」。地中海沿岸・南西ヨーロッパの海岸に生育しており、イスラエルでは秋の始まりの花として知られ、南部の海岸に咲き始める。ユリのような形をしており、学術的には、ユリ目・ヒガンバナ科・スイセン属(書いている本人にはさっぱりわからない)。
久々に海岸方面に行く予定が入り、ちょうど時期もいいので花探しをすることにしたのだが、海岸にはめったに足を運ばない私達は、あまりの暑さに30分で退却。それでも、海岸の人目のつかないところ(なおかつ、ごみの山のような悪環境の中)に、ひっそりと白く美しく咲いている花達に、気持ちを癒されてきた。高さ60センチほどあり、大きくて白さが光輝いているので、見つけようと思うと意外と簡単に見つけることが出来る。海の青さと、海岸の砂浜の色とよく合っており、清楚な白さが秋の到来を感じさせる・・・とはいっても、イスラエルはまだまだ暑い。
海岸の後は、カイサリアの「RALLI MUSEUM」へ行き、少しばかり芸術鑑賞。ここにはヨーロッパ・近代ラテンアメリカの作品が展示されており、サルバドール・ダリのブロンズ像も多く展示されている。「鑑賞者のインスピレーションを大切にする」という美術館のモットーにより、ここに展示されている作品には、一切の説明書きがされていない(作者名と作品名のみ)。真っ白な気持ちで、一つ一つの絵画と対面すると、作品からたくさんの声が聞こえてくるような気になった。オススメの美術館である。
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投稿日: 26/08/2008 | 投稿者: keiko
7年ほど前、イスラエルのある若い人気歌手の歌に、「みんな平和については話をするが、正義については話さない」と歌う歌がヒットした。そのときは、「その通りだ」と、考えることなく納得していたものだが、先日、あるパレスチナの青年の、和平に対する彼の考えを聞いて、「正義と平和」について、改めて考えさせられ、はっきりとした答えを得た。
パレスチナの青年は、以前イスラエルにより、4年間刑務所に入れられていた。多くのパレスチナの若者は、危険分子と扱われて、何かと連行される事がある。そうして、危険ではなかった人間が、刑務所でイスラエルへの憎悪を募らせ、出所する頃には立派なテロリストになっている。彼は刑務所にいても、テロリストにはならなかった。司会者の「なぜ、テロリストにならなかったのか?」という質問に、彼はこう答えた。
「私は正義がほしいのではなく、平和への成功がほしいのです。そのためには、お互いを尊重して同じテーブルで話あうことが重要なのです」
目からウロコとはこのことだった。彼は当たり前のことを言っているが、当たり前のことが通用しない現状は、パレスチナ・イスラエル双方が、「正義」のみを語るからだ。「ここは我らの土地である、奴らは仲間達を殺してきた。イスラエル人・ユダヤ人を、抹殺しよう」という、アラブ側。そして、イスラエルもしかりである・・・「我らは神に選ばれた民だ・・」どちらも、ただ彼らの「正義」を主張するばかりで、お互いわかりあい、ゆずりあい、歩み寄る・・・などという考えは一切ない。和平というものが、本当に実現するのならば、正義を捨てる事が重要だ。しかし、これが、非常に難しい。特にアラブの気質からして、「正義」を横においての和平はありえない。「目には目を・・・」のお国柄なのだから・・・・・パレスチナの青年が言っていることは、理解してもらえるには時間がかかる。今はまだ夢物語だが、第3者の平和主義者が言うのではなく、パレスチナの1人の青年の活動ということに、この言葉には重みがある。彼は仲間達と、平和へ向け、パレスチナとイスラエル双方の成功のために、草の根的な活動をはじめている。「正義ではなく、成功への道」への、長く険しい道である。私は彼の言葉に、小さな、しかし、強い希望を感じ、和平への小さな灯火を見た気がした。
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投稿日: 20/08/2008 | 投稿者: keiko
ユーロヴィジョン・ソング・コンテストは、ヨーロッパで毎年開かれる、各国対抗歌合戦。それぞれの国から、国民投票によって選ばれた歌手が参加し、本番では、投票結果を見ながら、どの国が上位に残るかをハラハラドキドキで観る、ヨーロッパ地域が一丸となるお祭りである。イスラエルも1973年より参加し、過去に3度優勝したことがある。
「A-ba-ni-bi」(1978)-Izhar Cohen & Alpha Beta
A-ba-ni-bi・・・・は、英語訳では「I love you」と訳されており、ヘブライ語の語呂合わせ、言葉遊びの歌である。ヘブライ語で「I love you 」は「Ani ohev otakh」、それにBetを付け加えて、「A-ba-ni-bi o-bo-e-bev o-bo-ta-bakh」となる。初のユーロヴィジョン優勝曲で、ディスコ的な曲つくりになっている。姿・形が時代を反映しており、私はこれを見ると、いつも笑ってしまう。
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投稿日: 14/08/2008 | 投稿者: keiko
Givatron(ギバトロン)とは、イスラエルの歌を歌う合唱団のことである。建国当時、農業共同体としてイスラエル各地に建設されたキブツでは、祭日やお祝い事があると、式典などで歌を歌って喜びを表現し、楽しんでいた。そうした中で、いくつかのキブツから出張公演するような有名な合唱団が生まれ、キブツ・ゲバ(קיבוץ גבע)の合唱団 Givatron(גבעטרון)は、
国の式典で歌ったり、テレビに出て歌ったり、CD(当時はレコード)を出すなど、数ある合唱団の中でも、特に有名になった。1948年に歌の好きな若い男女が集まって始まったGivatronも、今年60周年を迎え、現在も現役で歌っている人もおり、2007年には、国民栄誉賞も受賞している。いつも民族衣装を着て、素朴なパフォーマンスを交えて歌う姿は親しみを感じ、今でも多くのキブツでは、合唱好きな仲間が集って、歌を歌うなど、古き良きキブツの、もう一つの姿を象徴しているグループである。映像は60年代のもので、イスラエルの地での収穫を歌っている。
「ヤム ハシボリーム」
” ים השיבולים ” ( ” The sea of grains ” )
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投稿日: 09/08/2008 | 投稿者: keiko
イスラエル建国と同時に始まった中東戦争。戦場へ行く兵士達、兵士達の帰りを待つ家族、そして、強い愛国心。それらの気持ちを、歌によってつなぎなわせてきた偉大な二人の歌手、戦争の歌を歌って、人々を支えてきた二人の女王を紹介したい。
「ハアミニ ヨム ヤボウ」
“ האמיני יום יבוא “ ( ” believes will come oneday” )
Yafa Yarkoni (1925- יפה ירקוני) は、中東戦争の頃、戦場の兵士達を慰問して歌を歌い、戦争の歌を歌う歌手として有名なのだが、本人はそう呼ばれることは気に入らなかったようだ。彼女は、世界中でも公演して周り、1998年国民栄誉賞を受賞している。戦争ばかりだった建国当時、人々は彼女の歌声によって力づけられ、勇気付けられ、信じるものがいつか必ずやってくる・・と、信じながら生活していくことが出来たに違いない。
「オール」
“ אור “ ( “ light ” )
Shohsana Damari ( 1923-2006 שושנה דמארי ) は、イスラエルの美空ひばりだ。イエメンから家族と共にイスラエルへ移住し、小さな頃からその素晴らしい歌声を披露していた。彼女の歌声はなんと力強く、胸に響いてくるのだろう。彼女の声の特徴は、彼女がイエメンのアクセントを使って歌っているところにある。1988年に国民栄誉賞を受賞しており、2006年に、活躍中の Idan Raichel Project ( הפרוייקט של עידן רייכל ) のセカンドアルバムに参加した曲が、彼女の最後の曲となった。また「オール」は、Naomi Shemerが作詞・作曲した歌である。
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投稿日: 05/08/2008 | 投稿者: keiko
イスラエルには、男子は18歳から3年間、女子は2年間の徴兵がある。そして、若い兵士達の娯楽として、軍隊には楽団があり、ミュージカルがある。60年代後半から、70年代にかけては、軍隊楽団の最盛期であり、現在活躍している大御所の歌手達は、みなこの軍隊楽団の出身者である。若い兵士達は、軍服を着て歌って踊る、スター(その当時のアイドル)をみて、訓練の辛さを忘れ、愛国心を養い、家族を思っていたのだろう。楽団はナハル・北部・中央・南部・海軍、と別れて活動して兵士達を慰問している。その中から、有名な歌を紹介しよう。
「ラック べイスラエル」(海軍)
” להקת חיל הים -רק בישראל” (“Only in the Israel”)
”予備兵はイスラエルだけ、ボランティアが楽しむのはイスラエルだけ、・・・・・・・・・・キブツもモシャブもイスラエルだけ、黄金のエルサレムもイスラエルだけ・・・・戦闘員もパイロットもイスラエルだけ、パブが早く閉まるのもイスラエルだけ・・・・”と歌うこの歌、”イスラエルだけ”というのは”特別・無二の”を意味しており、イスラエルは全て特別という事を歌っている。今は大御所のShlomo Artziも、ここから始まっているのである。
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投稿日: 01/08/2008 | 投稿者: keiko
Naomi Shemer(1930-2004, נעמי שמר)は、作詞家・作曲家であり、イスラエル音楽史の中で、もっとも重要な人物である。たくさんある彼女の素晴らしい作品の中から、私が特に好きな曲を紹介したいと思う。
「イェルシャライム シェル ザハヴ」
“ירושלים של זהב” (“Jerusalem of Gold”)
この曲は、1967年六日間戦争(第三次中東戦争)の直前に書かれたものである。当時、東エルサレムはヨルダンが占領しており、ユダヤの聖地には行くことが出来なかった。歌詞には、西の壁を思う気持ち、憧れる気持ち、エルサレムを思う気持ちがこめられている。六日間戦争の終結により、エルサレムがイスラエルの占領下となり、Naomi Shemer はエルサレムが帰ってきた事を歌う歌詞を、その後付け足した。この曲は大ヒットし、世界中にも有名になり、国歌として採用されるまで話があったが、ここにきてNaomi Shemer の悲劇の逸話が誕生する。この曲が、スペイン・バスク地方の音楽の盗作ということが判明するのである。彼女は生涯、この件についてのコメントはしていないが、かつて彼女が一度聞いた曲のフレーズを、無意識に使ってしまったというのが、事実らしい。それでもなお、この曲の素晴らしさ、歌詞の素晴らしさは、世界中の人々に認められている。
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