イスラエル兵捕虜のビデオ

3年半にしてようやく、ハマスに捕虜となっている Gilad Shalit(ギラッド・シャリット) の生存が確認されるビデオが公開された。今回、イスラエルとハマスはドイツの仲介により、捕れられているパレスチナ人女性20人と、Gilad のビデオとの取引に応じる事となった。
ビデオは9月14日に撮影され、Gilad が2分40秒間映され手紙を読んでいる。内容は、捕虜となってから長い時間がすぎたこと、イスラエル政府・ネタニヤフ首相がこれ以上時間を無駄にせず、交渉に賛同し、一刻も早く解放されたいこと、家族への挨拶、家族との思い出、自分が健康で元気であること、などが書かれている。
Gilad は終始手紙から目を離さずに読み、感情が全く感じられず、明らかに書かされた原稿を読んでいるのは明白だが、それでも、五体満足で生きていることが確認できただけでも、今回のハマスとの取引は、今後の大きな進展となるだろう。また、3年半ぶりにみる息子の姿は、今なお解放活動を続けている父 Noam Shalit や家族にとって、どんなにか喜ばしいことだっただろう。
ハマスはGilad の解放に1000人近くのパレスチナ人の解放を要求しているが、イスラエルは過去に捕虜交換で解放したパレスチナ人が、自爆テロとなって帰ってきた苦い経験から、捕虜交換の交渉には消極的である。しかし、Gilad の姿を見た以上、私達は彼を何が何でもイスラエルに戻さなければいけない。もう、第二のRon Arad を作ってはいけない。このビデオの公開によって、捕虜交換の交渉が進展することを祈りたい。

 
← ランキングに参加しています。押してもらえるとうれしいです。

スパイスネーク

IDFによる高性能スパイロボットは、本物の蛇のように動きまわる。昔あった蛇のおもちゃを連想させるが、画像で見る限り、もし、これが茂みの中をうねっていたら本物と思ってしまうだろう。しかし、デカイ。

このスパイスネークは、小型カメラを内臓しあらゆる場所に入っていけると、IDFでは説明している。たとえば、ガザのハマスやレバノンのヒズボラの隠れトンネルなどの偵察に使うこともでき、また、地震などでの生存者探しにも活躍するかもしれない。そして、なんと自爆機能のおまけつきである。軍のおもちゃとしては、なかなか使えるのではないだろうか。
しかし、さすがお国がらというべきか、こういうスパイ道具は現実味を感じさせる。よく映画で見るような、びっくりするほどの未来型スパイ道具よりも、素人っぽさのある無骨な蛇のほうが、今日からでも活躍してくれるような気になる。その活躍の場が、戦場ではなく、人命救助に使われることが理想だが、イスラエルにとってはそうも行かない。もちろん、こうして報道されるものは、その正体を暴露しているだけに、軍のおもちゃとして一部の人を楽しませるものにしかならないが、このスパイスネークの報道の背後には、いったい何があるのだろう?と、スパイ大作戦さながら、いろいろと勘ぐってしまうのも、この国にいる醍醐味の一つなのかも知れない。
 
← ランキングに参加しています。押してもらえるとうれしいです。

ETV特集をみて

90分間もある番組で、もっとも重要かつ問題の核について話されていたのは、最後の3分間だけでした。なんとも期待はずれな番組です。
始まりから40分間、イスラエルによる無差別攻撃で家族を失った子供たちや、畑や工場を破壊された民間人 に焦点をあて、どれほどイスラエルが残忍かつ非道なことを行ったかを効果的な映像で印象ずけ、ようやくハマスとは何かということになると、ハマスはパレスチナ人への教育や人道支援をしている組織であり、またイスラム教の教えに従い武装闘争もしている組織である、という内容の映像を10分ほど流して終わり、それでは、イスラエル側での世論はどうなのかと、街頭インタビューをすると、血の気の多い若者たちが「私達はハマスのロケットに8年間我慢してきた。彼らはその報いを受けたのだ。女・子供を盾にするハマスを選んだのは民衆なのだから、彼らも学ぶべきなのだ」と声を荒げて語る姿が印象に残り、最後は、イスラエルがガザを封鎖していることがすべての元凶であり、撤退という形の占領であると30分間言い続けるだけでした。
この番組をみた人はおそらく、いや、完全にイスラエルは悪、パレスチナは善という、安易な方向で、わかったような気になるのではないでしょうか。見ていて腹立たしかったのは、司会者の意図がはじめから悲劇のパレスチナを演出していることがわかるのです。ハマスへの攻撃というのは口実で、イスラエルがガザを消滅させたかっただけなのだ、という意味合いのことを、司会者のみならず解説者も口をそろえて言うのには、さすがにあきれてしまいました。
こういった番組を日本で見ることができる機会は少なく、話題もガザの侵攻のあと、ネタニヤフ新政権など、ホットな時事ネタなので、日本のTV番組がはたしてどういった特集をするのか興味があったのですが、やはり・・・といった感じでした。ジャーナリストの土井敏邦氏が「ハマスがロケット弾をうつのには背景があるんだ」と浅はかなことを言っていましたが、その背景の裏にも背景があることを忘れていはいけないのです。
もちろん、イスラエルのガザ侵攻は全く正当化されるものではありません。批判を浴びて当然の行為であったと思います。しかし、日本の国営放送で、これほど一方に都合よく脚色されている番組をみることになるとは想像もしていませんでした。ハマスとは何であり、なぜ、イスラエルがハマスを壊滅させるためにガザ攻撃を行ったのか、どうして、悲劇が続くのか、という核心はこの番組からはわからないままでした。
こうして日本で特集を見ても、イスラエルとパレスチナの両者の痛みと混沌を正しく伝えることは、なんと難しいことだろうと思います。番組の最後でも、司会者が「解決策はあるのか」と問えば、解説者は「それが問題なんです」という・・・なんであれ、この特集を見て、日本で中東問題を理解することの限界を見るような気がしました。

デービスカップでのイスラエル抗議デモ

スウェーデン vs イスラエルの デービスカップ(テニス男子国別対抗戦)の試合が、ほとんど観客のいないコートで戦われました。

開催地となったスウェーデンでは、試合をやめるようにとガザ紛争に対するイスラエルへの抗議デモや、会場前で座り込みの抗議などが行われたため、過激派などを警戒した警備体制となり、一般入場が制限され、警官の見守る中での試合となりました。いつものデービスカップでは、各国を応援する熱狂的な応援団の姿が見れるのが一つの楽しみでもあるのですが、随分と静かな試合風景でした。しかし、両国の選手たちが集中して試合をするためには、得策だったと思います。
先日も、テニスプレーヤーのShahar Peer がドバイでの試合に入国拒否され、試合に参加することが出来ないという一件があったばかりで、ガザ紛争はスポーツ精神にとっても影響を及ぼしています。サウジアラビアの言い分は、Shahar Peer の身の安全のために入国を拒否したとしていますが、その後、テニス連盟や選手たちから非難の声を浴びたため、男子の試合ではイスラエル選手の入国を許可し、二人のボディーガードつきとなりました。
また、バスケットボールのヨーロッパリーグでは、ガザ紛争中に試合会場となったトルコで、観客からイスラエル選手に非難の野次や物を投げつける、コートに入って試合を中断させるなどの嫌がらせがあり、まともに試合をすることが出来ませんでした。
スポーツと政治の分離はオリンピックでも言われることであり、スポーツ精神の理想としてはそうであるべきことです。選手たち一人一人は、政治とは関係なく各個人の能力の限界を目指して、日々厳しい練習を重ねて努力している人たちです。その努力を無駄にさせないためにも、政治問題をスポーツの場に持ち込むことは、あってはならないことだと思います。政治的意見があるならば、それにふさわしい場で非難をすればいいのです。試合前の選手や試合中に、嫌がらせをするような卑劣な行為ではなく、スポーツの好きな観客なら、スポーツマン精神にのっとって、正々堂々と応援するべきです。
世界中から嫌われているイスラエル人として、世界でスポーツするイスラエル選手の精神的重圧を思うと、がんばってほしいと思わずにはいられません。
(追記: 3対2でイスラエルが勝ちました。7月にロシアとの試合となります。)
← ランキングに参加しています。押してもらえるとうれしいです。

「戦場でワルツを」オスカーならず

 
ゴールデングローブ賞を受賞し、アカデミーでも随分と前評判が良かったので、初のイスラエル映画のオスカー受賞を期待したのですが、残念ながら逃してしまいました。それが、同じく外国語映画賞にノミネートされていた日本映画の「おくりびと」がオスカーを受賞したとなると、うれしくもあり複雑な気持ちでもあります。
この作品はゴールデングローブを受賞した後で、予備知識なく見たのですが、非常に印象に残り、監督であり主人公である Ari Folman の、戦場にいた一兵士としての心の闇を、まるで自分がその闇を感じるように映画の中に同化してしまいました。写実的なアニメーションと高度なグラフィックが、実際のドキュメンタリーを見るよりも、物語を身近に感じられるような作用をしたと思います。主人公である Ari Folman が思いだしながらたどる戦場での風景、断片的な風景、心の風景・・・それは、紛れもなく19歳の彼が見て、感じてきた忘れてしまいたい本当の戦場なのでしょう。まるで、薄い膜に覆われながら Ari Folman と共に記憶の旅をしているような気持ちになりました。
オスカーの受賞を逃したことで、再び話題になることも、日本での上映やDVD発売などもないと思いますが、東京で上映される ようなので、もし見る機会があるようなら、内容についてはこちらに「バシールとワルツを見るための予備知識」があるので参考にしてください。イスラエルとしては非常に残念でしたが、日本人としては「おくりびと」がオスカー受賞でイスラエルにも配給されるだとうと思うと、非常にうれしいことです。
 
← ランキングに参加しています。押してもらえるとうれしいです

アラブ人へのボイコット

ガザでの紛争は、イスラエル国内のアラブ人たちへも影響を及ぼしているようだ。イスラエルにはフムスという中東料理があり、有名店も各地に多くある。そのほとんどはアラブ人が経営しており、行列の出来る店もあるほどイスラエル人には人気の食べ物である。その中の一つ、ナザレにある超有名店が、閉店へとおいこまれた。
 (ナザレの閉店したフムス屋2008年2月)
客のほとんどはユダヤ人で、安くておいしいフムスを食べるために行列を作っていたが、ガザでの紛争とともに客足が80-90%減り、多くの従業員を雇って経営を続けていくことができなくなったという。この店と同じような状況で、エルサレムやヤッフォでもアラブ人の経営する中東料理店が次々と閉店しているそうだ。
もともと頭が右曲がりのシオニストまがいで、アラブ人からは買わないというようなイスラエル人もいるが、多くのユダヤ人はイスラエル国内ではアラブ人とうまく共存してきた。それはハイファから北の北部の地域では顕著であり、特にフムスに関しては「アラブ人のフムスなくして語ることなし」という人もいるほど、食の交流は行われてきた。そして、今回のアラブ人レストランへのボイコットは、2006年の第2次レバノン戦争の時には起こらなかったことだ。
何かがおかしいと感じる。今回のガザ紛争は人々の心の中に黒い塊を残すような嫌な気分にさせる。それは、選挙のための政治家のドス黒い腹の中にいるような気分なのかも知れない。停戦と同時にイスラエルは選挙活動一色になり、ロシア人政治家のリーベルマンは、ガザ紛争でイスラエルを非難したアラブ人政治家を、違法だとして選挙に出馬できないようにし、選挙運動では、執拗にアラブ人の排斥をテレビCMで流している。ガザにいるパレスチナ人への攻撃は、イスラエル国内にいるアラブ人への攻撃へと摩り替わってしまった。
今日、シモン・ペレス大統領は「全てを受け入れることは難しいことだが、私は少数派のアラブ人代表が、自由に意見を述べる事ができるイスラエルの国会に誇りを感じる」と、リーベルマンのアラブ人議員への攻撃に釘をさした。
   
シモン・ペレス大統領        リーベルマン
シモン・ペレス大統領の言葉に、少しは心の隅にたまった靄がすっきりする。私は、フムス屋へフムスを今まで以上に食べに行きたいと思う。アラブ人の経営する店で、たくさん買い物をしたいと思う。まずはイスラエル国内で、アラブ人とユダヤ人の共存が出来ないで、何が和平だろうか。お互いを信じあわないで、何が中東平和なのか。さあ、みんなでフムス屋へ行こう!
 
← ランキングに参加しています。押してもらえるとうれしいです。

捕虜か自爆か?

先刻のガザ紛争で、イスラエル軍の司令官が兵士たちに「決してハマスに捕らわれるな。捕らわれるようなら爆死しろ。」と語っている録音が公開された。
レゲヴは私に「日本人ならこれが理解できるでしょ」といい、「イスラエルはすでに国民をなんとも思っていない」と憤慨していた。確かに日本人にはわかりやすい言葉ではあるが、イスラエルの司令官の意味するものは、カミカゼ特攻隊や花のまま散るというような、神話的な武士道精神を言っているのではなく、明らかに現在ハマスに捕らわれの身となっている Gilad Shalit のようにはなるな、ということを言っているのである。
イスラエル兵士が生きていようが、死んでいようが、ハマスやヒズボラの捕虜となるということは、イスラエルの軍事的政策にとっては非常に都合が悪いこととなる。昨年7月イスラエルは2人の兵士の遺体と引き換えに、5人のテロリストと200の遺体をヒズボラに返した。そして、ハマスは生きている Gilad の返還に1000人のテロリストの釈放を要求している。イスラエルは今まで捕虜となった兵士のためには、何よりも優先して兵士の返還に尽力を注いできた。しかし、Gilad は以前ハマスに捕らわれたままであり、なおかつ、司令官は爆死しろとまで言うようになった。これが、レゲヴのいう軍事政策優先の今のイスラエルである。
日本人的な美意識から言うと「生きて捕虜となり、生き恥をさらすなら、死をもって誇りを保ちたい」と言いたいところだが、果たしてイスラエル人にこういった観念があるかどうか疑わしいところだ。正直、今の日本人にすら武士道精神はないと思う。私の個人的な意見としては、もし、捕虜となるような状況に陥ったとして、自らが選んで爆死するのであれば、それは美談になるが、司令官に「死ね」と命令されたから爆死するというのは、絶対に反対である。イスラエルは軍事国家ではなく、民主国家である以上、一国民である兵士に爆死を命令するようなことがあってはならない。
今、子供を兵役に送らなければならないという親は、この言葉をどう受け止めるのだろう。国を守るため、国民を守るために兵役につく若者たちが、国からはすでに見捨てられているという状況を。国が最後までどんなことがあっても自分を見捨てたりはしない、と信じることができるから戦えるのではないだろうか?
← ランキングに参加しています。押してもらえるとうれしいです。

ガザのラッファ

View Larger Map
イスラエル、ハマスの双方が勝利宣言して停戦をしてからというもの、まるで何事なかったかのような平常振りを世界中が取り戻し、話題は歴史的な日となるオバマ新大統領の就任についてに取り変わった。
ここで、何をもってイスラエルが勝利宣言したのかというと、ガザとエジプトの国境沿いにある町 Rafah(ラッファ) にある、ハマスの武器密輸のための地下トンネルをほぼ破壊することが出来たためである。このラッファが今回の紛争の種であった。
1979年のエジプトとの平和条約で、イスラエルはラッファにエジプト軍を配置しない協定を結び、2005年にイスラエルがガザから撤退するまでは、イスラエル軍がエジプトとの国境を警備していたが、撤退後はハマスによって多くの武器がラッファの地下トンネルを通って密輸されていた。エジプトは協定もあるが、実際のところ厄介ごとに手を出したくなくこれを無視し、イスラエルも撤退した以上は軍を配置することも出来ず、何とか手を打たねばならない状況になっていた。そして、アメリカが民主党に政権交代する前に今回の強硬な行動に出て、地下トンネルの破壊とエジプト・もしくは国連軍による国境の警備を引き出すことが出来れば、良かったのである。 そして、テロ対策の戦争が大好きで、それでいて負け戦ばかりのブッシュと、イスラエル総選挙前の、肩の荷のおりたオルメルト首相、両者の最後の悪あがきでもあった。
ともあれ、1200人以上の犠牲者を出したガザ紛争も、オバマ大統領の就任と共に終焉するようである。まだ、具体的な停戦への内容は出ていないが、オバマ新大統領が今回のガザ紛争の後片付けにどう動くかが、気になるところである。
← ランキングに参加しています。押してもらえるとうれしいです。

イスラエル軍の攻撃停止

ガザ空爆が始まって21日目の深夜2:00、イスラエルは攻撃の停止を決め、一方的な停戦となった。停戦といっても、イスラエル軍は現状維持のままガザに駐留し、ハマスの出方によっては再び戦闘が開始されるというもので、ハマスとイスラエル間になんら交渉はおきていない。オルマルト首相は、イスラエルが攻撃により成果を挙げ、目標が達成されてといって、満足げに語っていたが、実際のところ、これ以上やってもイスラエルの立場が悪くなるだけであり、オバマ大統領になる前に引き下がっておくことが得策である。そして、何よりもイスラエルは総選挙を2月10日に控えており、ガザの動向を踏まえた上で、準備に急がねばならない。
たとえどんな事情であれ、戦闘が停止されたことは喜ぶべきことだ。しかし、ハマスはすでに朝から、イスラエル南部へ6発のロケット弾を発射している。ハマスにとっては、イスラエルの攻撃停止は、停戦への糸口にはなっていないようである。もし、これ以上のロケット弾がハマスより発射され、死傷者が出るようであれば、イスラエルは直ちに戦闘を再開するだろう。あとは、世界の世論と、エジプトや国連の仲介で、ハマスがどう対応するかである。
深夜に決定された、イスラエルの一方的な攻撃停止は、現在ハマスの捕虜となっている Gilad Shalit を蚊帳の外に置いた決定である。イスラエル国民は、このガザ侵攻によって、Gilad が戻ってくることを強く望んでいた。ハマスとの合意のない停戦では、Gilad を救うことはできない。しかし、ハマスもGilad 1人の釈放に、1000人近いハマスのテロメンバーの釈放を要求しているので、とても公平な取引とは思えない。なおかつ、今の段階では、Gilad が生きていることさえ確かではないのである。
 (Gilad Shalit)
 心からGilad が生きて戻ってきてほしい。そして、この紛争が終結してほしい。イスラエルの攻撃停止が、一筋の望みとなってほしいと願う朝である。
 
← ランキングに参加しています。押してもらえるとうれしいです。

ギターと戦争

 13日に国連で採択されたイスラエル非難決議は、アメリカが拒否権を行使することなく、あわや賛成に回る(土壇場で棄権した)というイスラエル外交の失態を浮き彫りにし、オルメルト首相は冷や汗をかくことととなった。今までアメリカに擁護されてきたこのガザ侵攻が、親に見離されるような敗北感を味わった一瞬である。しかし、オルマルト首相は決議には見抜きもせず、開き直りの態度をみせてガザ侵攻を続け、また、14日朝には再びレバノンからカチューシャロケットが、キリヤットシュモナの地域に2発被弾した。
今のところ、イスラエル軍の第三段階への移行も保留され、大きな状況変化も見られず、エジプトを介しての本格的な停戦へ向けての調整が始まりつつあるようだ。
2006年の第2次レバノン戦争の時に、ミュージシャンの David Broza が被災地を慰問して演奏していることを伝えたが、今回も、彼は紛争が始まると同時に、被災地を訪れ演奏活動をしている。 

ワゴン車一台とギター一つを手に、彼は危険を惜しまず移動しながら、人々を励まし、勇気付けている。彼の歌が、人々の心に響き、大きな助けと希望になることは、2006年に実際に彼の演奏を聴いた私が一番よく知っている。どれほど、気持ちを救い上げられたことだろう。 

 David Broza の活動に心から敬意を示したい。(記事 Ynet:ヘブライ語)
 
← ランキングに参加しています。押してもらえるとうれしいです。