私の意志

ミラノの空港に降り立った時から、大量の日本人女の子を見たときから、
「住んでいる世界が違う・・・・」と感じた。
日本から見るイスラエルは、なんと遠く危険な国なのだろう。
連日のニュースで、銃撃戦やらテロの映像を見ていれば、
なぜ、イスラエルにいるの?といわれても当然だ。
そして、再びあのヘ地へ帰ろうとしている。
何のために、なぜ、いったい何が私をこうまで駆り立てるのだろう。
怖い。しかし、あの戦闘のさなかに戻ることが怖いのではない。
いっそう迷走するであろう己の生き方を考えると、怖い。
でも、進むことしかできない。
自分の意志を信じたい。
かっこつけているのではない。
もう誰のためでもない、己のために。

間違っているのだろうか?それとも狂ってしまったのだろうか?
戦闘を続けるシャロンも、テロを続けるパレスチナ過激派も、
皆、間違っている。
傷つけあうことで平和など訪れない。
悲しみに暮れ、苦しんでいる人々がいるうちは、
決して本当に双方の望むような平和を手にすることはできない。
いったいどれほどの人々があの報道の陰で苦しんでいることだろう。

眼に見えているものだけが真実じゃない。
いつこの戦闘に借り出されるのか・・・・・と、不安と苦しみの中で、
一日を過ごしているイスラエルの若者を想像できるのか?
どこから襲ってくるかもわからない、標的となっている恐ろしさを胸に秘めながら、
恐怖と戦っているイスラエル兵を想像できるのか?
次の自爆テロとなるべく、正義の死を望んでいるパレスチナ過激派の若者は、
果たして我々の理解の範疇に属するのか?
人の命の重さをどう考えるのか?
理解したくても、今の我々では理解できないことは山ほどある。
誰が明日の平和を信じるのか?
誰が明日の喜びを保障してくれるのか?
何が正義で何が悪なのか、私には言えない。
ただ、いえることは人々は苦しんでいる。
そして、死んでいっている。
私は、私のために、私の意志を信じる。

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