マキスィムへの追悼

マキスィムは、自ら死を選び、引き金を引いた。
彼に一体何が起こったのかは、私にはわからない。
葬儀は若い兵隊による軍の形式で行われ、
多くの参列者は言葉にならない悲しみをかみ締めていた。
イスラエル国旗に包まれた彼の棺には多くの花が飾られていた。

19歳の若者は、なぜ、死を急いだのか?
マキスィムの家族が、そして彼女が泣き崩れていた。
彼の死については、様々なうわさが飛び交ったが、そんなことはどうでもいい。
彼が死の決断をしたときの、その瞬間を思うと胸が締め付けられる。
そして、残された彼の家族を思うと哀れである。
マキスィムの苦しみも悲しみも終結してしまったが、残された者たちは、
一生彼の死を背負っていかなくてはならないのだ。

彼の両親は今までの全てのことについて、思い巡らすことだろう。
「ああしていなければ、こうしていなければ」と、
考える必要のないことを考えて、眠れない夜を過ごすのだろう。

イスラエルへ家族で移民してきて9年。
彼の語った「家ではロシア語禁止令」の話しが、今では悲しく聞こえる。
一日でも早くヘブライ語をマスターし、イスラエルの生活に溶け込むために、
家族で決めたことだと、彼は言った。
10歳だったマキスィムが言葉の違う新しい友達に溶け込むまでには、
一体どれほどの月日が費やされたのだろう。

静かで、控えめで、やさしくて・・・
それが彼を苦しめていたのかもしれない・・・・・考えても仕方のないことだ。
ただ、もし、彼が兵役ではなく、家族と一緒にいたならば、彼女と一緒にいたならば、
もしかしたら、彼は死ななくてもよい道を見出したかも知れないと思うと、残念だ。
兵役中の若い兵士の自殺は、イスラエルでは多いと聞く。
思い立った時に、手元に武器がある為、考え直す暇なく実行してしまうのだ。
また、相談できる家族や友人が近くになく、兵役の任務と孤独に、
身も心も疲れ切ってしまうのだ。
マキスィムの死が兵役と関係があるかどうかはわからない。
しかし、彼は兵役には就きたくなかったと、後に聞いた。
どんな理由であれ、彼は生きることを放棄し、死を選んだ。
そして、彼のはにかんだ笑顔だけが、私の思い出として残ってしまった。
マキスィムが安らかに眠ることを、
そして、彼の家族が一刻も早く彼の死から立ち直ることを、願うしかない。

広告

コメントを残す

コメントを投稿するには、以下のいずれかでログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中