日本の夏2005

久々の日本の夏体験も、あっという間に過ぎ去ってしまった。
日本のテレビで見ていたガザ撤退の様子も予想外にスムーズに進み、
イスラエルの情勢・ガザからの撤退など、ホットな話題を親族らと交わすこととなった。
夏にしかない楽しみを求めての帰国だったが、日本の夏の暑さを計算に入れていなかった。
とにかく蒸し暑い。湿気・湿気で、イスラエルの乾燥した暑さに慣れてしまった体は、
あちらこちらで問題が起こり、悲鳴をあげていた。
しかし、日本の祭りムード、花火、枝豆、ビール、蚊取り線香、夏休みの子供、お盆。
どれもみな私には懐かしく、夏の暑さも風流とする日本人の感性を、
改めてしみじみと味わってきた。
もちろん、友人達との交流は、何よりも変えがたい、
イスラエルでは味わうことの出来ない、私にとっての最高の時間であった。
そして、毎日、母の料理を食べ、父と晩酌し、甥っ子達の成長に微笑み、
家族の暖かい気持ちを受け取り、一晩中尽きることなく母と会話をしていた。
時には涙も流れ、言葉に詰まる時もあり、感情を押さえるのに苦労した場面も多くあった。
幸運にも、レゲブが仕事で日本に来ることになり、仕事を終えた後は、
新潟の実家に数日滞在することができた。
日本の暑さと連日の深夜までの仕事で、相当疲れていたが、
短い時間ながらも、佐渡への日帰り旅行や、
新潟でオープンしたばかりの大衆演芸場での演劇鑑賞など、
プチ滞在を満喫していった。
レゲブとは一日違いでのイスラエル帰国となり、あわただしく荷物を整理し、
最後はゆっくりと、家族と時間を過ごすことも出来なかったが、
道々、手作りのおにぎりを食べながら、過ぎた日々を思い出して、
次の帰国の実現を頭に思い描いていた。
私にとっての日本帰国はまさに「一期一会」。
その時、その瞬間が、二度とないものである。
全ての人との出会いと時間を、100%大切にしたい。
次に会う約束は、私の生きていく糧となり、この世に存在出来る証となる。
そんなことをいつも日本へ帰国する時に感じる。
私のために沖縄から怪我をしても来てくれた親友、
忙しい時間を割いて、会う時間を作ってくれた友人達、
会話が出来なくてもレゲブのために一生懸命になってくれる家族。
みんな、本当に心からありがとう。
連絡出来なかった遠くの友人達、次の機会に会おうね。 

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