イスラエル 戦争11日目

戦争といわれて11日がたった。
当初は長くは続かないだろう、早期に解決されるだろう、と思っていた。
不謹慎だが、少し浮かれ気分だったのかもしれない。
戦場にいる、という気持ちが、何か特別のことのように思えていた。
しかし、連日連夜、耳が痛くなるほど、頭がおかしくなったのかと思えるほど、
近くに大砲の音を聞き、心臓が飛び出すかと思うほど、驚くときもある。
仕事場はほとんどの人が疎開(遠くに逃げている)してしまい、
誰も仕事にはこないが、数人のキブツ内にすんでいる人はできる限り働いている。
私もそのうちの一人だが、一人で5人分の仕事をしなければならないとなると、
いくら良く働くと評判の私にも限度がある。なおかつこの状況下で働くのは非常にキツイ。
周りからは、
「イスラエル人でも逃げるのに、日本人のあなたがこうしてがんばっているなんて、えらい」
なんていわれるが、うれしくもなんとも無い。

自分でも気丈に振舞っていたつもりだが、今日あたりから、限界にきたようだ。
泣きたくて、たまらない。
ニュースで流れる世界各国の反戦、反イスラエルのデモをみて、涙がとまらなかった。
レバノン側の死者数を見ればそれも納得いくが、何か観点がそれている。
戦争を仕掛けてきたのは、レバノンだ。
兵隊を殺し、誘拐という非道な手段を使った。
連日100発近くのロケット弾を無差別で打ってくる。
戦闘機を使ってベイルートを爆撃しているイスラエルを擁護するつもりは無いが、
何が原点なのかを、知るべきだと思う。

6年前にイスラエルは南レバノンから撤退した。
緊張状態ではあっても、日常生活を送ることができるだけの、平和が保たれていた。
イスラエルは自ら戦争を仕掛ける気は、どの国に対しても無い。
戦況が長引くと、レゲブが戦場に借り出される可能性が大きい。
どうしてもそれだけはあってほしくない。
そのためにも、一刻も早く、この状況が改善されなければならない。

毎日「明日はロケット弾の飛んでこない、静かな一日となり、
戦争の終結に近づくように、日常生活に戻れるように」と祈る。
このまま戦争状態が続くと、私自身もどこまで平常を装っていられるか自信がない。
限界だ、泣きたい。
もう、嫌だ。
しかし、この気持ちを誰に言えるだろう。
みな、同じ気持ちなのだ。
後は、逃げるか、がんばって居続けるかのどちらかだ。

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