60年、それは忍耐!

60年間を夫婦として共に生きていくことは、何なのだろう?
 先日、レゲブのお爺さんおばあさんの60年目の結婚記念日を迎えた。
 毎週末、二人の自宅に家族が集まり、談話する時間があるのだが、
 この記念日には、来ることができるすべての親族が、ささやかなお祝いのために集った。
 小さな部屋は、二人を祝う喜びの笑顔で埋め尽くされていた。
 
 レゲブのお爺さんは87歳、第二次大戦中にロシアから船で逃亡し、
 イギリス統治下のパレスチナ(イスラエル)に到着する前に、
 不法移民としてつかまり、サイプラスに一年間投獄された。
 彼の両親はロシアで殺されたそうだ。
 大戦終了と共にイスラエル建国のため、すべての人生をかけてきた。
 レゲブのおばあさんは80歳、イギリス統治下時代のパレスチナ生まれの女性である。
 これは、現在のイスラエルにおいて、非常に貴重な稀なケースだ。
 二人は出会い、結婚し、イスラエル建国のため、
 キブツの建設、国の整備に精魂を費やしてきた人だ。
 
 今でも、お爺さんの昔ばなしは、笑いと涙をそそる逸話が多い。
 建国当時のイスラエルは荒廃し、お金も食べ物もなく、
政府は人々に仕事とお金を与えるため、
 ハチを捕まえたら、捕まえた数だけお金を与える、という仕事を人々に与えた。
 お爺さんはそんな仕事をして、生活の糧にしていたのだそうだ。
 
 今でも、二人の生活は質素を絵に描いたよな、贅沢とは無縁の生活をしている。
 彼らがそう望んでいる。
 もちろん現在のイスラエルは日本と同じレベルの生活ができ、
 食べ物も物資も不足することはないし、贅沢をしたければいくらでもできる。
 しかし、彼らの生活は、生きるだけの食べ物があり、体を休める部屋があり、
 家族を迎える場所があるだけで、満足なのだ。
 彼らの心は本当に清んでいる。
 彼らの前にいると、あらゆる欲というものが汚いものに感じる。
 
 そんなレゲブのお爺さんとおばあさんは、60年を共に生き、
 家族に囲まれ、幸せに生活している。
 この二人が核になり、レゲブの家族がつながっていることが、
 毎週、家族が二人の下に集うことで、本当によくわかる。
 レゲブを含め、親族すべてが、二人を心から慕い、愛し、大切にしていることがよくわかる。
 
 60年目のお祝いの前日から、私とレゲブの関係は最悪だった。
 一言も言葉を交わさず、無視しあい、私もレゲブもそのときは、
 別れることを頭の片隅で考えていたはずだ。
 子作りに頓挫していることが、私達の頭に重石を載せ、
 お互いを尊重しあうことを忘れさせていた。
 そんな関係のまま、お祝いの席に座り、つくり笑いを浮かべていたが、
 ある一言が私達の心に響いた。
 お爺さんとおばあさん曰く、結婚60年の秘密は、「忍耐」その一言に尽きた。
 私は目が覚めたような気分だった。レゲブはどう感じたのだろう。
 しかし、その後、私達の関係は修復された。
 結婚3年目。60年経つにはまだ57年ある。
 今後どれだけ、この言葉が身にしみることになるのだろうか?

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