イスラエルの戦争責任

戦争責任が問われている。
昨年の夏の第二次レバノン戦争は、誰の眼から見てみもイスラエル側の敗北だった。
戦争の引き金となった、拉致されたイスラエル兵士は一人も戻らず、
未だ彼らの安否はわからないまま。
そして、多くの無駄な命が、無能な政治家たちによって、帰らぬものとなった。

シャロンの突然の病により、たなぼたで政権のトップとなったオルメルトと、
まったく場違いの国防省となったペレツの二人は、戦争に対しての経験がまったくない。
現在の政権以前までは、首相と国防省は軍人上がりがなっていた。シャロンはその典型だ。
建国以来59年間、非常事態宣言が出され続けているこの国では、
戦争経験豊富な指導者が選ばれることが通例だった。


しかし現在の政権は、シャロンが新政党を立ち上げ、総選挙直前に病に倒れてしまったため、
シャロン人気で政権を得た、カディーマ政党の2番手だったオルメルトが、
たまたま首相になってしまった矢先の、レバノンとの戦争だった。
ヒズボラはもちろんすべてを踏まえての作戦だったであろう。

現首相のオルメルトと国防省のペレツの二人の無能さは戦争時から明らかで、
オムメルトは戦争開戦の宣言で聖書を読み、「神よ、神よ」とのたまった。
(今、思い出しただけでも腹が立つ)
この二人の無能さが、兵士を取り戻すこともできず、いたずらに戦闘を長引かせ、
多くのレバノン人を爆撃し、多くの兵士たちが無駄死にしたことは、誰の眼からもあきらかだ。
軍事経験のない彼らが、軍のトップの言いなりになっていたことも事実だが、
なぜシモンペレスのような経験者に意見をきかなったのか?
聞く耳と人の命を優先する心さえあれば、国の指導者が軍事経験豊富でなくともよい、
と私は考える。

先日、戦争責任を追及する調査委員会が中間報告を発表し、
オルメルトとペレツを厳しく非難した。
世論は彼らの辞任を要求しているが、一向にその兆しは見えない。
自分に責任はないと居直っている。政治家とはこんなものなのだ。
一国の首相として、国防省として、人民の命を奪い、自分の無能さを認めることもできず、
その責任を取ることもできない彼らに、もはや国民の支持はない。
彼らを選んだのは国民とはいえ、戦争に対する経験不足を考慮してはいなかった。
これも平和ボケのひとつなのだろうか。

歴史にもしもはないが、もし、シャロン前首相が病に伏していなかったら、
第二次レバノン戦争はなかっただろう。
調査委員会の報告では、唯一シモン ペレスのみが戦争に対して慎重であるべきだと、
提言していたことが記されている。
ノーベル平和賞を受け、幾度の戦争の指揮官であった彼の意見を重視しなかったことは、
今となっては心から悔やまれる。

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