キブツ・ハニタ 70周年目の誕生日

イスラエル建国よりも先に、キブツ・ハニタは建設され、先日70周年目の誕生日を迎えた。
たかが70周年・・と思えるが、それは実に重みのある70年なのである。

レゲブのおじいさんとおばあさんは、建設に貢献したまさに生き証人。
彼らの汗と血と忍耐がなければ、レゲブはもちろん、イスラエルすらなかったかもしれない。

当時、イスラエル建国に先駆けて、多くのキブツが国境付近に建設された。
違法ではなく、合法的に土地を購入し、入植していったのである。
しかし、周辺にはアラブの村が点在し、アラブ人たちにとっては寝耳に水、
いきなり訳のわからない連中が入り込んでくるのだか、当然争いとなった。

キブツ・ハニタも例外ではなく、レバノンとアラブの村に囲まれているような場所。
おじいさん達は塔をたて、その周辺にテント小屋を立て、見張りを立てての生活が始まる。
アラブ人たちの夜の襲撃は日常茶飯事だった。
それでも、おじいさんたちは、わずかな食料と、有り余るほどの希望と理念を持って、
キブツ建設に尽くしてきたのである。

イスラエル建国と同時に戦争が始まり、戦争をしながらの生活となるが、
キブツの人々は勇敢に戦い、建国に命をかけてきた。
今でも、多くの戦争でどれほどキブツの人々が勇敢に戦ったかということが話される。

多くの困難と試練を超えて、今、キブツ・ハニタは第4世代まで育っている。
近年のキブツ改革により、キブツ制度は大きく変わり、現在は高級避暑地となりつつある。
多くの人々が、キブツに家を購入し、自然の中でのカントリーライフを望むようになった。

70周年のお祝いは一年を通してさまざまなイベントとして、行われる予定だが、
まずは、超猛暑となったこの日、かつて道路も車もなかったころ、
おじいさん達が、歩いてキブツまで通ったという、現在は自然公園になっているコースを、
さまざまな逸話(交通手段はロバ)を交えながらのトレッキング。
その後、キブツタワーで子供達のためのオリエンテーションが各種行われ、
歌や踊りを交えてのお祝いとなった。

タマもお祝いに駆けつけたが、あまりの猛暑(36度)に「早く、帰りたい・・・」 

キブツ建設のみならず、イスラエル建国に貢献した第一世代は、現在80歳を超える。
おじいさんはいつも嬉しそうに、孫達レゲブにキブツの建設当時のことを語る。
つらかったこと、何もなかったこと、キブツから見えるすべての木を植えたこと・・・
キブツの改革による、人と人との交流の欠如に対する悲しみ、欲と金の世界への変貌・・・

改革は現在のキブツにとって、避けられないものだが、
キブツは今、新しいキブツへと変革している。
一度キブツを捨てた若者達(レゲブの世代)が、彼らの子供達をキブツで育てたい・・といって、
多く都会から戻ってきている。
そして、キブツとは縁のない人々も、キブツの環境のよさに惚れて移住してきている。

私も、キブツに惚れて、住み着いたものの一人だ。
そして、このキブツ・ハニタは、私の第2のふるさと。
このハニタなくして、私のイスラエルでの生活は考えられない。
キブツの自然も、人々も、犬も猫も、花々も、皆、私の心の支えだ。
キブツ・ハニタとの出会いが、私の人生を変えたのだ。

70歳、おめでとう、ハニタ。

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