Jerusalem2008

  嘆きの壁(西の壁) エルサレム

結婚5年目の記念旅行を、首都エルサレムで過ごした。
 レゲブにとっては13年目、私にとっても7年目の、世界のへそエルサレムである。
 車で約3時間かけエルサレムに到着。
 久々のエルサレムは、やはり空気が違い、人が違い、重く感じるのである。
 かつて旧市街に入り浸っていたころは、旧市街を拠点にとにかくエルサレムを歩いたものだ。
 旧市街周辺も、ヤッフォ通りも、観光案内は必要ない。
 しかし、イスラエル人レゲブに、旧市街の観光案内をするとは思っても見なかった。
 
 到着した初日は、ホテルより一番近い、イスラム地区のダマスカス門から旧市街に入った。
 レゲブには前もって、英語でしゃべるようにと言っておいたが、
 レゲブは「大丈夫・大丈夫」とあまり気にしていない様子だった。
 夕方遅かったためか、人ごみもなく、意外と静かな様子で、
 私の知っているイスラム地区とは、少し感じが違って見えた。
 旧市街に入ってからというもの、レゲブは一言も言葉を発せず、
 私の案内する後を、たまにニンマリと笑いながらついてくるばかりだったが、
 後で聞いたところによると、この時、レゲブはイスラム地区にいる恐れはないが、
 少なからず、緊張感があり、神経質になっていたそうだ。
 
 かつては、旧市街のあらゆるところに兵隊が監視をしていた。
 しかし、近年の紛争により兵隊は旧市街から姿を消し、現在は監視カメラが設置されている。
 レゲブのようなイスラエル人が、イスラム地区を観光すると言うことは、
 ある意味、危険なことなのである。
 
 イスラム地区を抜け、ユダヤ人の聖地「西の壁」へ行くと、さすがに安堵する。
 レゲブにとっても、「我らが地」である。
 宗教心のないレゲブでも、少し、感激したそうだ。
 私は何度となく、この「西の壁」にきているが、やはり、部外者であることを深く感じる。
 ユダヤ人でない私は、信仰の象徴である壁には、近づきたくないのである。
 遠くから眺めてるだけで、十分なのである。
 
 今回の旅行では、キリスト教地区や、アルメニア地区を観光する時間はなかったが、
 エルサレムの旧市街は、やはり、世界にとっても特別な場所であると、再認識した。
 
 2日目は、「ヤド・バシェム(ホロコースト記念館)」へ行き、解説を聞きながら、
 重く、苦しい、ユダヤ人の悲劇の歴史を、3時間かけて、見て回った。
 何度も胸が熱くなり、涙がながれ、歴史という大きな流れを考えずにはいられなかった。
 
 最終日は、エルサレム大学で勉強している日本人の友人に5年ぶりに会い、
 キリスト教の地「エイン・カレム」の美しい景色や教会を見ながら、尽きない話で盛り上がった。
 彼女は勉学を終え、7月に日本へ帰る予定である。
 彼女もイスラエルに心を奪われた一人であるが、また、日本人として目覚めた一人でもある。
 今後は、日本の子供達に、イスラエルについて、そして彼女の経験について伝えていくだろう。
 
 いつもの、のんびり・リフレッシュ旅行とは違い、
 都会エルサレムは、めまぐるしく時間が過ぎてしまった。
 レゲブに見せたいところや、レゲブが行きたいところは、まだまだあったが、
 週末のエルサレムは、とにかく、何もない(交通も店も、何もかも閉まっている)。
 これもエルサレムの醍醐味ということで楽しみ、
 ユダヤ人宗教家、アラブ人、世界から来る観光客など、普段あまり眼にしない人々をみて、
 たっぷりと観光客気分を味わってきた。

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