本当の戦争終結

二人のイスラエル兵が戻ってきたことで、
2006年の第2次レバノン戦争は、本当の意味での終結を迎えた。
そして、ヒズボラとの紛争にも一区切りがついた。

改めて、返還された兵士を取り巻く今までの状況を考えてみたい。
事の始まりは、1986年、PLOを攻撃する作戦で砲弾を受けた戦闘機パイロット
Ron Arad が、レバノン上空で緊急離脱し、ヒズボラの捕虜となる。
イスラエルはRon Arad を救うために、交渉してきたが生死すらわからぬ状態で、
近年にいたる。(ヒズボラの報告では、1998年に死亡したといわれてる)

イスラエル側は、Ron Arad との取引の切り札として、レバノンで英雄視されている
イスラエル人家族を殺害したテロリストSamir Kuntar を拘置していた。

2006年、ヒズボラはSamir Kuntar を取り戻すための手段として、
レバノン国境を警備していたタンクを襲撃し、二人のイスラエル兵を拉致する。
(この時すでに二人の兵士は重症を負っており、生存の可能性は薄かった。)
イスラエル世論は、同時期にハマスにGilad Shalit を拉致されていたことによって、
追い討ちをかけるように戦争ムードが高まり、第2次レバノン戦争へと発展していく。

イスラエルの大義名分は、拉致された兵士を取り戻すためであった。
しかし、160名の死者をだし、兵士を取り戻すこともできず、戦争は停戦された。
そして、昨日の捕虜交換まで2年間を有したのである。

戦闘機パイロットRon Arad と、レバノンの英雄Samir Kuntar.
この二人を取り戻すために、双方ともに多すぎる犠牲を払った。
昨日、レバノンはSamir Kuntar の釈放・帰国を、お祭り騒ぎで祝っていた。
一方、イスラエルは未だRon Arad  の消息はつかめず、二人の兵士の棺を受け取り、
戦争へと突き進んだ代償を、苦々しい思いで懐古していた。
完全なるイスラエルの敗北である。

昨日の交渉で、イスラエル側にいたヒズボラの捕虜は全て釈放された。
そして、全ての遺体も返還された。
ヒズボラにとって、今のところイスラエルと紛争を起こす要因はなくなった。

こうして改めて今までの経過を考えても、戦争というもののパラドックスは、
理解しようにも理解できないものである。
そして、国民感情によって、戦争への引き金は簡単に引けるのだ、と。
2006年のあの時、戦争へと走らず、レバノン側の捕虜と二人の兵士を交換していたなら、
多くの人々の命が、無駄に失われることはなかったのだ。
あの時、イスラエル国民は報復と血を欲していた。
非常に悔やまれる。
なぜ、あの時・・・・戦争となってしまったのか?
イスラエル国民は、果たして間違った戦争から何かを学ぶことは出来たのだろうか?

今日は、二人の帰還した兵士の葬儀が行われた。
二人の冥福をココロから祈りたい。

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本当の戦争終結」への2件のフィードバック

  1. 現在zikhronに居ます、きょうこと申します。
    イスラエルやパレスチナについて読むと、つねにどちらかを英雄視しどちらかを悪役とする記事が多い中、人道的なsoberな記事、本当にありがとうございます。
    one life lost is one too many. いつかけいこさんとお話ししてみたいです。FBにメールを書いてみましたので、ぜひ”others” のフォルダを見てみてください。

    • きょうこさん、コメントありがとうございます。
      最近は更新も少ないですが、紛争のポストが減ったのは、良いことですね。テルアビブにいると、北部とは違う別世界のようです。

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