イスラエル音楽の遍歴 (1): Naomi Shemer

Naomi Shemer(1930-2004, נעמי שמר)は、作詞家・作曲家であり、イスラエル音楽史の中で、もっとも重要な人物である。たくさんある彼女の素晴らしい作品の中から、私が特に好きな曲を紹介したいと思う。

 

「イェルシャライム シェル ザハヴ」
“ירושלים של זהב” (“Jerusalem of Gold”)

この曲は、1967年六日間戦争(第三次中東戦争)の直前に書かれたものである。当時、東エルサレムはヨルダンが占領しており、ユダヤの聖地には行くことが出来なかった。歌詞には、西の壁を思う気持ち、憧れる気持ち、エルサレムを思う気持ちがこめられている。六日間戦争の終結により、エルサレムがイスラエルの占領下となり、Naomi Shemer はエルサレムが帰ってきた事を歌う歌詞を、その後付け足した。この曲は大ヒットし、世界中にも有名になり、国歌として採用されるまで話があったが、ここにきてNaomi Shemer の悲劇の逸話が誕生する。この曲が、スペイン・バスク地方の音楽の盗作ということが判明するのである。彼女は生涯、この件についてのコメントはしていないが、かつて彼女が一度聞いた曲のフレーズを、無意識に使ってしまったというのが、事実らしい。それでもなお、この曲の素晴らしさ、歌詞の素晴らしさは、世界中の人々に認められている。

「アニ ギターラ」
“אני גיטרה” (“I am a guitar”)

Benny Amdorski (1931-1994) の歌うこの曲は、私の大好きな曲の一つである。まだヘブライ語を習い始めの頃、私はR(レッシュ)とL(ラメッド)の発音の違いを、聞き取ることが出来ず、自分の耳はおかしいのではないかと思い始めていた。
そんな時、レゲヴがNaomi Shemer の音楽を聞かせてくれて、この歌で、はっきりとRの音を聞き分けることが出来たのである。Benny Amdorski は、イスラエルの偉大な歌手の1人であり、この曲はまさに彼自身を歌ったものと言ってもよい。
Naomi はこの曲を彼のために作ったそうだ。二人とも、生涯を音楽を奏でて過ごした人である。この映像の一ヵ月後に、Benny Amdorski は他界し、これが最後の舞台となった。

 

 

「ヘベレイ・メシア」
“חבלי משיח” (“Hebelay messiah”)

Naomi Shemer の歌の特徴は、どんなに苦しくても、悲しくても、前へ進んで行こうという、前向きな精神を歌うことである。たとえ悲しみの底にいて、立つことも息をすることも嫌にるような時、あなたの写真を見ると、立ち上がる事が出来る、明日を生きることが出来る・・・・・そんな、絶望を打ち砕くほどの強い心を持ちましょう、と彼女は歌う。この歌も、メシアが来る前のどん底の状況を歌っているが、彼女の歌っている顔を見てもわかるように、決して悲しんではいないのである。メシアが到来するであろう直前の、地獄の苦しみは喜びの前触れなのである。そういった、絶望を知らない、上昇気候の精神こそが彼女の歌なのだ。彼女は宗教に偏った人間ではない。ただ、人間の自然の姿を歌おうとしてきたに違いない。


 

Naomi Shemer の全ての作品は紹介できないが、どの歌も、元気が出る歌である。沈んでいる気持ちを、浮き上がらせてくれる素晴らしい歌ばかりである。絶望を知らない歌・・・・・それこそが彼女の歌への気持ちだったと思う。素晴らしい、偉大なイスラエルの音楽家である。

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