正義と成功への道

7年ほど前、イスラエルのある若い人気歌手の歌に、「みんな平和については話をするが、正義については話さない」と歌う歌がヒットした。そのときは、「その通りだ」と、考えることなく納得していたものだが、先日、あるパレスチナの青年の、和平に対する彼の考えを聞いて、「正義と平和」について、改めて考えさせられ、はっきりとした答えを得た。

パレスチナの青年は、以前イスラエルにより、4年間刑務所に入れられていた。多くのパレスチナの若者は、危険分子と扱われて、何かと連行される事がある。そうして、危険ではなかった人間が、刑務所でイスラエルへの憎悪を募らせ、出所する頃には立派なテロリストになっている。彼は刑務所にいても、テロリストにはならなかった。司会者の「なぜ、テロリストにならなかったのか?」という質問に、彼はこう答えた。

「私は正義がほしいのではなく、平和への成功がほしいのです。そのためには、お互いを尊重して同じテーブルで話あうことが重要なのです」

目からウロコとはこのことだった。彼は当たり前のことを言っているが、当たり前のことが通用しない現状は、パレスチナ・イスラエル双方が、「正義」のみを語るからだ。「ここは我らの土地である、奴らは仲間達を殺してきた。イスラエル人・ユダヤ人を、抹殺しよう」という、アラブ側。そして、イスラエルもしかりである・・・「我らは神に選ばれた民だ・・」どちらも、ただ彼らの「正義」を主張するばかりで、お互いわかりあい、ゆずりあい、歩み寄る・・・などという考えは一切ない。和平というものが、本当に実現するのならば、正義を捨てる事が重要だ。しかし、これが、非常に難しい。特にアラブの気質からして、「正義」を横においての和平はありえない。「目には目を・・・」のお国柄なのだから・・・・・パレスチナの青年が言っていることは、理解してもらえるには時間がかかる。今はまだ夢物語だが、第3者の平和主義者が言うのではなく、パレスチナの1人の青年の活動ということに、この言葉には重みがある。彼は仲間達と、平和へ向け、パレスチナとイスラエル双方の成功のために、草の根的な活動をはじめている。「正義ではなく、成功への道」への、長く険しい道である。私は彼の言葉に、小さな、しかし、強い希望を感じ、和平への小さな灯火を見た気がした。

広告

コメントを残す

コメントを投稿するには、以下のいずれかでログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中