新年5769年

9月30日にイスラエルは5769年目の新年を迎え、りんごとハチミツを食べて、甘い良い年であることを願う。そんなイスラエルの新年を目前にして、少し考えさせらる記事を見つけた。それは、9/28(日)BS1で放送される「人間の戦場Ⅱ ダビデの歪んだ星~イスラエルvsパレスチナ~」の番組内容。番組は見ることが出来ないので、記載されている内容からしか判断できないが、反イスラエルの立場からのドキュメンタリーのように感じる。

私は、イスラエル側でもパレスチナ側でもなく、第3者の立場で、中東問題を見ているつもりだが、ユダヤ人の夫を持ち、その家族に囲まれ、イスラエル側で生活し、美しく魅力ある国イスラエルを愛しているので、イスラエルという国を否定することはない。番組内容の最後に「1948年イスラエルはパレスチナを征服し、」と記載されているが、国連の決議に基づき、正式に建国を認められたのであって、武力行使して征服したのではないし、国連の決議と同時に戦争を始めたのはアラブ人達である。

中東問題、イスラエル問題を考えるには、歴史をさかのぼり、なぜ、イスラエル国が建国されたのかを知る必要がある。大義としては、ユダヤ人が「神に約束された地」ということであるが、現代社会において、そんな戯言を心底信じているものは、狂信的なユダヤ教徒と、それを口実にし、お金にしか興味のないシオニストだけである。歴史上、イスラエル建国の一番の立役者はヒトラーである。彼のユダヤ人絶滅政策がなければ、イスラエル国は建国されなかったであろう。それまでユダヤ人は、ヨーロッパで迫害を受けながらも、各方面で秀でた才能を発揮し、各国に同化して生活し、ほとんどのものが、ユダヤ人の国を作ろうなどとは考えてもいなかった。それが、絶滅政策により民族存亡の危機に直面したため、ユダヤ国家の建国が実現となったのである。
もう少し歴史をさかのぼると、第一次世界大戦時にイギリスが行った二枚舌外交「バルフォア宣言」と「マクマホン宣言」がある。当時パレスチナの地を治めていたイギリスは、ユダヤ資本を見込みパレスチナでのユダヤ人国家の支援を約束し、また、対オスマン帝国への軍事協力を得るため、メッカの太守フセインとオスマン帝国占領下のアラブ人の独立を承認すること約束した。このイギリスの矛盾した外交が、パレスチナ問題の原因の一つにもなっている。

建国60年の現在のイスラエルは、建国当時乾燥し、荒れ果てていたパレスチナの地を、独自の灌漑技術によって、緑の多い豊かな国へと発展させた。イスラエル国内にすむアラブ・イスラエル人たちの多くは、経済面でのイスラエルとの共存関係が続くことを望んでいる。問題は、パレスチナ人との共存が実現しないことであり、隣国のアラブ諸国が、パレスチナ人たちへ、イスラエルへのテロをけしかけ、パレスチナ人を受け入れたがらないことである。イスラエル軍がガザから撤退した後、エジプトはパレスチナ人が自国へ大量流入することを恐れ、バリケードをつくり、パレスチナ人へ発砲した。他のアラブ諸国も同様である。無関心の日本人に、わかりやすく軍事力のあるイスラエルばかりを報道していれば、反イスラエル主義でいることは簡単である。しかし、全ての物事には、あらゆる側面があることを踏まえたうえで、パレスチナ問題を論議してほしいと願う。

ユダヤ人とパレスチナ人が、いつか共存への道を見つけ出す事が出来ると、私は信じたい。パレスチナ人もユダヤ人も痛みを抱えているのだ。お互いの痛みを分かり合えたとき、無意味な報復合戦は終わるだろう。ホロコースト記念館へ行ったときに聞いた、ある二人のユダヤ人の話が、今でもココロから離れずに残っている。
ゲットーの責任者であった彼は、毎日ナチから強制収容所へ送るユダヤ人の数が書かれた手紙を受け取っていた。彼は強制収容所が何を意味しているものか知っていた。彼を信頼するゲットーのユダヤ人たちは、そこへいけば食事がもらえると、何も疑わずに収容所へと連れて行かれる。そのことを彼は日記に毎日記していた。そしてある日、ナチより1000人という手紙を受け取り、「送るユダヤ人はもういない」と返事を書き、その場で拳銃自殺をした。
もう1人は、ハーモニカが上手にふけた少年で、ナチに強制収容所のガス室の前で、つれてこられる人達のためにハーモニカを吹けといわれ、シャワー室だと思っていた少年は、みんなのために喜んでハーモニカを吹いた。しかし、毎日ハーモニカを吹いているうちに、少年はそこがシャワー室ではないことに気づく。なぜなら、誰1人、戻ってこないからだ。そしてある日少年は、自分の家族がガス室に入っていくのを見、その日以来、決して目を開けてハーモニカを吹くことはなくなった。こうしてハーモニカを吹いていて少年は生き残り、イスラエルへと移住した。その後、ハーモニカを吹くことはなかったが、イツハク・ラビンとともにその収容所跡へ行き、再び目を開けて、亡くなった人達のためにハーモニカを吹いた。

5769年という歴史を持つユダヤ民族、そしてイスラエル(パレスチナ)の地。それは、5769年続く争いの歴史でもある。多くの民族・国がこの土地を支配し、そして滅んでいった。長い年月を経て、イスラエルの地へ戻ってきたユダヤ人国家イスラエルは、甘いハチミツとりんごで新年を迎え、そしてヨムキプール(贖罪の日)を迎え、本格的な秋を迎える。今年は雨の多い年になってほしいものである。

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