イスラエル人の食卓風景

只今、イスラエルはスコット(仮庵の祭り)。ユダヤ人がエジプトから脱出し、シナイ半島をさまよっていたときのように、簡単な庵を立て、空の星が見えるくらいに、やしの葉で屋根を作ってその中で寝るという、ちょっと楽しい祭日。今年のイスラエルは、新年からの祭日が毎週あり、休日続きでうれしい限りだが、その祭日も、スコットの締めくくりを迎えて終了となり、その後、大人にはおよそ半年間ほど祭日はなしとなる。

この祭日続きのあいだ、レゲヴの家族達と食事を共にするのだが、毎回繰り広げられる家族口論に、ただただ驚くばかりだった。もちろんこういった光景はいつものことなのだが、ずいぶんと食卓の風景が違うものだと、改めてイスラエル人の議論好きを確認してしまった。日本では、食卓に政治と経済の話しはタブーの感があり、みんなが会話に入れるような当たり障りのない話題(芸能関係など)などになることがおおいが、イスラエルの食卓は、戦争・政治・経済などの話題で議論が白熱し、「オイオイ、大丈夫か?」と思ってしまうほど、声を張り上げて議論が始まることがある。

先日のヨム・キプールでのアラブ人とユダヤ人の騒動についても、当然食卓の話題となり、90歳のおじいちゃんと、レゲブの一番年下の24歳の弟との口論が始まった。どちらも一歩も引かないで、声を荒げて口論する。日本ではめったに見れない風景だ。ま昨日は、スコットでのスカー(仮庵)は宗教行事なのか、それともユダヤ人の伝統なのか、そして、メドゥーザ(ユダヤ人の家の入り口にある飾り)の会話から発展した宗教論・・・などなど、議論する話題には事欠かない。知らない人が見ると、家族同士が声を荒げて怒っているように見えるが、何のことはない、解決することのない議論はなんとなく収束し、何事もなかったかのように別の話題になっているのある。

もちろん、そんな時の私は、ただただ沈黙を守るのみである。双方の言い分を聞き、どちらも正しいようで、どちらも正しくないことがほとんどだからである。ユダヤ人でもなく、文化も環境も違う中で生まれ育った私には、やはり、彼らの白熱する議論には参加できない。また、議論するという教育もうけてこなかった。それぞれがそれぞれの意見を持つことは当然なのだが、日本人は、それを議論してまで自分の意見を通そうとはしない。人の意見を聞くということと、意見をしないということ、そして調和。それが日本の社会だ。少なくとも、私はそう育ってきた。だから、90歳のおじいちゃんやお父さんと、白熱した議論を交わすレゲヴやレゲヴの姉弟達を見ていると、「ユダヤ人が3人集まれば、4つの意見がでる」という、ユダヤ人が議論好きな民族であることを、心底感じるのである。昔は、よくレゲヴのお父さんやお母さんに、「keikoは黙ってばかりいて、何も話しをしてくれない」と言われたが、今では、日本の「沈黙も言葉」であることをよく理解してくれ、また私も、黙ってばかりいる日本人ではなくなっている。国際文化の交流は、こんな小さなところでも行われているのだ。

日本の食卓と、イスラエルの食卓の違いには、民族の文化の違いが顕著に見れて、なかなか面白い・・・と、祭日続きのイスラエルの食卓の風景を眺めながら、レゲヴと「日本人とイスラエル人」論を交わす、休日となった。

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