イスラエル音楽の遍歴 (7) : キブツ出身の歌手

キブツは、イスラエル建国から現在にいたるまで、政治家や軍人や知識人などの、多くの重要な人物を輩出してきたが、音楽においても重要な役割を果たしてきた。Naomi Shemer もキブツ出身の音楽家であり、合唱団Givatron もキブツである。キブツの自然、環境、個性、交友などが、音楽家を育てるのだろうか・・・と思いきや、単に暇で、他にすることがないから、という意見が返ってきた(一理あるが、もちろん才能あってのことである)。キブツ出身の歌手のなかで、特に傑出している人物を紹介したい。

 

Meir Ariel (1942-1999 מאיר אריאל‎)
“היכנסי כבר לאוטו וניסע” ( Hikansi Kuvar LeAuto VeNisa) 
-”Come to the car and we’ll drive away”

Meir Ariel(メイル・アリエル)はキブツ Mishmarot 出身。シンガーソングライターであり、「詩の人」として有名で、彼のヘブライ語の歌詞は、多くのイスラエルの詩人達にも影響を与えた。キブツでは、トラクターに乗って畑を耕し、いつも歌詞のことばかり考えていたので、畑をめちゃくちゃにしたという逸話もある。パラシュート部隊として6日間戦争をエルサレムで戦い、その後、しばらくの間渡米していたが帰国し、本格的にフォークロックの創作活動をはじめた。彼はポピュラーな歌手ではく、音楽家の認める音楽家、知る人ぞ知る音楽家として、カリスマ性を発揮したが、商業的には成功しなかった。1999年に若くして他界してしまったが、今でも人々に愛され続けている、歌手である。

 

 

 

Shalom Hanoch (1946- שלום חנוך)
“מחכים למשיח” (Mehakim LeMashiach) – “Waiting for Mashiach “

Shalom Hanoch (シャローム・ハノフ) は Meir Ariel と同じキブツ Mishmarot 出身で二人は友人。彼はイスラエル・ロック創設者の1人で、現在の若手歌手達に大きな影響を与えた人物である。小さな頃より、音楽の才能を発揮し、Meir Ariel やキブツの仲間と、キブツバンド “HaMishmaron” をつくり演奏していた。軍隊の楽団 Nahal に所属したあとは、イスラエルにロック音楽の革命をもたらし、70年代にはロンドンに渡り、演奏活動をしていた。ロックだけでなく、彼のバラードにも名曲が多い。多くの演奏家とコラボレーションし、現在でも活躍している一流の音楽家の1人である。

 

 

 

Matti Caspi (1949- מתי כספי‎)
“ברית עולם” (Brit Ohlam) – “everlasting covenant”

Matti Casspi (マティ・カスピ) は私の住むキブツ Hanita 出身の作曲家・歌手である。幼少の頃よりピアノを習い、軍では海軍の楽団に所属していた。彼は多くのジャンルの音楽を取り込み作曲し、音楽家が認める音楽家となり、多くの音楽家達へ曲をつくり、コラボレーションしている、イスラエルの最高の音楽家の1人である。余談だか、彼の家族はキブツに住んでおり、いつもサングラスをかけているカスピ老人(父)の目は、息子マティ・カスピのそれと同じだ・・・と、いつも会うと思ってしまうのである。マティ・カスピとは会った事はないが、お兄さん(キブツ在住)同様、ユーモラスな人柄だそうだ。

 

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