イスラエル軍による地上戦開始

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ガザ空爆が開始されて8日目の夜、とうとうイスラエル軍は地上戦へと戦闘を進めてしまった。国防大臣のバラクは、「この作戦が容易ではなく、短期的なものでもない」と語り、オルマルト首相は、「イスラエルはやれるべきことをすべてやり、避けることのできない決断であった」と語っている。ラジオからは、イスラエル南部の地域の人々の「このときを待っていた」との歓喜の声が聞こえてくる。地上戦が始まれば、イスラエル兵士に多くの死傷者がでることは当然であり、より多くの悲劇が始まるのは明らかなのに、どうして喜んでいられるのかわからない。地上戦での目的は、ロケット弾などのハマスの武器庫の壊滅であるが、ハマスを支援している国がある以上、何の解決にもならないのではないだろうか?

シモン・ペレス大統領は、「ハマスを壊滅したいのではなく、テロ組織を壊滅したいのである。われわれは2年前にガザから撤退し、ガザにとってやれるべきことは全てやった。しかし、ハマスはロケット弾の攻撃をやめようとしなかった。イスラエルはやりすぎだという人もいるが、均衡の基準とは何か?われわれにとっては、民間人を傷つけないこと、一方でテロリストの組織を壊滅することであり、それによってテロ組織に成功はなく、またその代償を払わねばならないことを彼らが知ることである。これこそが均衡のよりもっともな基準であるが、物事に完璧なこともないのである」と語り、「この作戦が成功した後には、平和が訪れるだろう」とまで言ってる。平和が訪れるとは思わないが、ハマスがテロ行為の代償を払うことも、イスラエルにとっても、この地上戦で多くの代償を払うであろうこともわかる。ただ、どうしてもわからないのが、人々が戦争を望んでいるということ。第二次レバノン戦争でもそうだったが、世論は戦争を支持してる。私がそれを理解することが出来ないのは、戦争を放棄した国で育ったからなのだろうか。与えられた平和の中で、自らの手を汚して国を守ることなく平和ボケして育ったから、頭が戦争という行為を拒否しているのだろうか。

イスラエルの人々は戦わなければ、毎朝飛んでくる頭上のロケットにおびえた暮らしをしなければならない。ガザの人々は、どのアラブ諸国からも疎まれ、アラブ諸国のこまとなってテロをして無駄死にしなければ、民族の存在意義を主張することができないほどに、追い込まれている。双方に正義があり、そして悪がある。私はイスラエルに住み、イスラエル側から見ているが、イスラエルの行為が正しいやり方だとは思えない。かといって、いったい何が正しいやり方なのかもわからない。

メディアからは連日、インパクトの強いガザの黒煙と、子供たちの傷ついた姿が報道されていることだろう。世界各国の有名人も反イスラエルを主張し、デモ行進も盛んにおこなわれている。圧倒的な武力を持つイスラエルが、悪役であるのは当然のことだが、インパクトの強い絵だけをみて、それが全てだと思わないでほしい。8年間、イスラエル南部の人々は頭上を飛ぶロケット弾に怯えてきたのだ。そして、今このときもロケットが頭上に落ちてきているのだ。

地上戦がいつまで続くのかはわからない。わかっていることは、より多くの血が流されるということだけだ。

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