クリムトの描いた肖像画

イスラエルにも新型インフルエンザの感染者が出たことで、イスラエルへは帰るなと家族から言われていますが、日本製の高性能マスクをお土産に、再びイスラエルの地へ帰る日を指折り数えています。新型インフルエンザはそれほど気にしていないのですが、空港のセキュリティーが別の意味で面倒になることを考えると、無事にイスラエルに到着できることのみが心配です。

4月のペサハ(過ぎ越しの祭)から、ホロコースト追悼日、戦死者追悼日、そして独立記念日と、目白押しだった祭日もひと段落し、5月の月末にあるシャブオット(収穫祭)までは、イスラエルもしばしの休息になります。

当然のことですが、日本ではイスラエルの祭日について知るような報道はありませんでしたが、ホロコースト追悼日の次の日の新聞(4/22)に、クリムトの描いた肖像画が、ナチス犠牲者の遺族へ返還された記事がありました。

2009042101000304

私がこの記事を読んだときは、すぐにこれがホロコースト追悼日と関連付けられていることがわかりますが、記事にはそれについて一切の記述はありませんでした。記事が載ったその日は、イスラエル国中がナチスによるホロコーストの犠牲者を追悼し、喪にふくしているなどとは、日本にいたらわからないことです。この日に、ナチスによって殺害された方の所有物が、遺族に返還されたことが記事になるということに意味があり、それを一言でも記事にしてくれれば、日本にもホロコーストについての関心が寄せられると思ったのですが、残念です。

独立記念日には、イスラエル国中から、BBQの煙が漂っていたことでしょう。新型インフルエンザもこのBBQの煙とともに、吹き飛んでくれると良いのですが・・・

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クリムトの描いた肖像画」への2件のフィードバック

  1. たしかに、イスラエルにいないとその日がホロコーストデーと関連していたと気付かないですよね。日本の報道は反イスラエルといわれているが、そんななかでもこのようにホロコーストのことを伝えたということで。。

    私はウキペディアの日本語編集も不愉快です。「ホロコースト」で検索してください。比較的イスラエルにかんしてのウキペディアでは不愉快な編集を目にすることがあるのですが。ちょっと今回のホロコースト編集者には??

    ホロコースト記念館「ヤド・バシェム(記念と記憶)」は、パレスチナ人の村を占領したあとに造られている。

    どういうことでしょうかね? これをいうのならイスラエル全土がそうなりませんか? それにこのことは何の記事をソースに書いているのかも示されていません。他にも色々とホロコースト日本語版には不愉快な表現があります。

    入国は::いっそのことマスクをしてみては?? なぁ~んってかえってそっちのほうが入国拒否になったりするかもしれないので(笑)ダメ! 大丈夫ですよ、入管も人の子ですから、このような事情でしたと。それに今は飛行場でも豚インフルエンザのことでてんてこ舞いです。

    帰国はShavuot (28日からです)前ですよね。ここはちょっとまだなんだか変な天候です。下旬にはもっと暑くなるかなぁ~。

    • 複数送信されていた分は削除しておきましたよ。

      世界ホロコーストデーがあるので、そっちのほうが日本では報道されているのかな・・・とはおもいつつ、やっぱり、体験者たちがいる国イスラエルのホロコースト追悼日のほうが重要だと感じるのは、その人たちと一緒に生活をしてるからなんでしょうね。

      ヴェキペディアは、誰でも好きなように書けるので、怒っちゃダメですよ~。対抗するには、そんなテルアビブさんも書き込みですよ。書かれてあることを鵜呑みにするか、それともそこに疑問符をかけるかは、それぞれの知識の幅なので、賢くなるためには、日々これ精進ですね。

      14日にはイスラエルの地にいます。ばっちりマスクで入国・・・しようかな?

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