さらば カンタロウ

カンタロウが我が家へ来たのは、戌年の1994年4月。戌年ということもあって、正月から子犬ばかりをTVで見ていた私は、親友の「子犬がいるんだけど、けーちゃん飼わない?」の言葉に飛びついたのです。カンタロウの母親は当時人気だったゴールデンレトリバー(血統書つき)、がしかし、飼い主の隙をついた、できちゃった婚によって生まれた完全なる混血犬(雑種)という、母犬の飼い主もがっかりな子犬ということでした。

  

まだ生後一ヶ月のカンタロウをつれてきた親友と、「ゴールデンなんだけさぁ・・・色が黒いんだよね~」と言って、二人で大笑いして小さなカンタロウを愛しんだものです。私は短大でお世話になった先生の名をもらって「カンタロウ」と名づけ、親友はなぜか「マイケル」と呼んでかわいがっていました。

  

新潟市のやすらぎ亭では、いつも散歩仲間と飛び跳ねて遊び、どこへ行っても誰からも「カンちゃん、足が長くてスマートで素敵ね」とお褒めの言葉をもらい、犬からも人からも好かれる、おとなしい子でした。

先住の先輩猫マミに、いつも猫パンチをもらって、鼻につめを立てられていました。

父の仕事が終わり一服する父の横に、いつも並んですわり、道行く人々を眺めていました。

向かいのビルに越してきた子供のいない夫婦が、カンタロウをかわいがり、散歩に連れていくようになったり、また転勤で引っ越したにも関わらず、カンタロウに会いたくて、わざわざ来てくれたりもしました。

散歩では、いつも通りすがりの人が立ち止まって、かわいがってくれました。

雪の降り積もった、誰も居ないやすらぎ亭で、カンタロウと駆けっこをして遊び、カンタロウは大喜びでした。

甥っ子の大樹は、赤ちゃんの時からカンタロウにかわいがられ、いつもカンタロウの体にペタッと寄り添い、カンタロウの側にばかりいました。今15歳の彼は、カンタロウの永眠に男泣きしていたそうです。

よくある話のように、飼いたいと言い出した私は途中放棄してイスラエルへと旅立ち、カンタロウの世話は母が一日も欠かさず毎朝・毎晩してくれていました。長寿犬として新潟市から表彰され、目も耳も足も腰も弱ってはいましたが、食欲もあり散歩も何とか行っていました。しかし、ここ数ヶ月は散歩へ行くにはいくが、帰ってくることができないという話を聞いたり、カンタロウ自身も老いて苦しいのではないか、などと話しをしていると、楽にさせてあげたほうがカンタロウのためなのだろうか?という人間の身勝手な考えに陥り、母に安楽死の話しをしたこともありましたが、「もう少しなのだから最後まで看取ってやろう」「それをしてしまったら、必ず後悔する」という新潟の家族の意見を聞いて、遠くにいて綺麗ごとだけで楽にしてやろうなんて考えている自分自身が、なんとも恥ずかしく思えました。

4日間飲まず・食わずの状態が続き、ほとんど声を出すことがないカンタロウが、最後の夜は一晩中声を出し、家族は交代で様子を見に行っていました。そして、早朝、母が「もう大丈夫だよ、がんばんなくてもいいよ」と声をかけると、2度声を出して静かに目をとじたそうです。

父の死から一年半、いつも父と一緒にいたカンタロウも父の元へと旅立っていきました。今頃は父の横に座って、往来の人々を眺めていることでしょう。最後まで看取ってくれた母に感謝を、そして、カンタロウとの思い出に感謝です。 

にほんブログ村 海外生活ブログ イスラエル情報へ ← ランキングに参加しています。押してもらえるとうれしいです。

広告

さらば カンタロウ」への6件のフィードバック

  1. ツイッターの書き込みで読んだわ。
    カンタロウ、よく頑張ったよね。
    そして、お母様も大変だったと思う。
    うちは私が小学生の頃から飼い始めた猫がいて、”飼いたい!”と言った本人は嫁に行き、母も病気になり…
    それでも猫を看取ってあげられたの。
    19歳だったわ。
    母も送ってあげることができて、安心してた。
    カンタロウも久しぶりにお父さんに逢って、ちぎれんばかりに尻尾を振ってるんだろうな。

    • 母には本当に感謝です。雨でも雪でもみぞれでも、毎日欠かさずに散歩をしてくれたのです。
      電話では、カンタロウの最後を話しながら、何度も号泣きしていました。
      カンタも幸せだったと思います。

  2. いろんな意味で一番悲しんだのは 遠く離れた地にいるKeikoさんだったのかも知れませんね。
    ずっと大事に一緒に暮らしてくれたお母様だって 甥っ子クンだって辛かったと思うけれど。
    妻さんの言うとおり、きっと今頃 お父様のまわりをはね回っていることでしょう。
    「これからはいつでも 海の向こう、なんておもわなくても会いにいける!」とカンタロウくん、喜んでると思います。

    • moiさん、ありがとうございます。
      そう言っていただけると、遠くにいて何もできなかった、という思いから救われる気がします。
      不思議ですが、父とカンタが一緒にいる姿ばかりが、頭に浮かんでくるんですよね・・・願望なんでしょうね。

  3. 元気ですか? 松木です。はじめて 見ました。 カンタロウがんばったよ 小さい頃から おれの 鼻の脂なめて 大きくなったから 長生きだったんだな 亡くなる 何日か 前にも 最後に ペロッ!

    よく がんばった。

    いま 遊びに 行くと なあ~んも 動物が いない 作業場が さみしい 

    あっ! いたいた また 肥えた テジイサムが!

    • 松木さん、コメントありがとう。すっごく嬉しいです。カンタも松木さんのこと大好きだったもんね。帰った時に、カンタのいない店を見たら、絶対にないてしまうわ。もうすぐ帰国するので、遊びに行きますね~。

コメントを残す

コメントを投稿するには、以下のいずれかでログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中