5772年目の新年

イスラエルの新年も無事あけました。久々に故郷キブツ・ハニタへ帰省し、愛犬タマと一緒にキブツの自然と家族愛を堪能した日々を過ごしてきましたが、さすがに二泊もすると、にぎやかさもお腹いっぱいとなって、静かな都会生活?が恋しくなってしまいました。

さて、こちらは我等ポラート家の新年の様子。かつては、キブツのダイニングルームで、キブツ住人みんな(300人ほど)でお祝いをしていましたが、改革後はダイニングでのイベントもなくなり、各家庭でのお祝い風景となっています。(iPodにて撮影)

 

食事はレゲヴの両親の得意とするパプリカのマリネ、ズッキーニのサラダ、なすのサラダ・ルーマニア風など、食べきれないほどの各種サラダと、各自の持ち込み料理がテーブルいっぱいに並びます。そして長老レゲヴのおじいさんの言葉から始まり、新年を喜ぶ言葉・歌など、キブツらしく15分ほどの簡単な祝いの儀式の後、食事を深夜まで楽しみました。

キブツに住んでいた頃は、毎週末の安息日、各祭日の親族集会、その他親族集会、etc・・・「こんなに親族で集まってばかりいてよく飽きないな・・・」とうんざりしたものですが、遠く離れて祭日にしか会えない状況になると、これも結構楽しくて、いいものです。そして何よりも、いつでも笑顔いっぱいに無償の愛情で私を受け入れてくれるレゲヴの家族に、感謝せずにはいられないのです。

ユダヤ暦での一年を振り返れば、良くも悪くもhibino一色の一年であり、レゲヴのことを考えるよりも多くの時間を、経営者にムカつくことに費やしたかも知れません。経営者に「出会ったころの君は、こんな人間じゃなかった」と言わせるほど、私自身も良くも悪くも変化した年でした。でも、感謝することは、あの大震災が起こったこの時に、日本の役に少しでも立つ仕事をしていること、経営者がそのチャンスをくれたことということです。来年は、イスラエルと日本の交流60年にあたり、各種行事も盛んになるようなので、日本のために、イスラエルのために、少なからず尽力できればと思っています。

私とっての新年は、やはり元旦。ユダヤ暦の新年は祭日ばんざい!くらいの気持ちしかありませんが、とりあえず新年を迎え、この国が少しでも良い方向へ向かってくれることを願い、Gilad Shalitが今年こそ戻ってくることを願うばかりです。

最後に、レゲヴと甥っ子オフィールの蜜時?ショット・・・再び不妊治療を始めるべき?来年40だし、どうする私?と悩む新年の抱負(消沈)

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5772年目の新年」への4件のフィードバック

    • 妻さん、お久しぶりです。
      もちろん、話題になっていますよ~^^ 東北大学とも交友が深い教授なんですよね、それだけでも嬉しくなっちゃいます。

  1. はじめまして。いつも楽しく拝読しております。
    テルアビブからは遠くはなれておりますが、イスラエル在住なので、いつかhibinoへケイコさんの作品を見に行きたいなー、と思っております。

    • Michieさん、コメントありがとうございます。
      テルアビブって、簡単にいけそうで、でもよほどのことがないと行かない場所ですよね。何かのついでがあったら、是非寄ってみてください。

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