大和屋のあやさん

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大和屋の今谷文さんが、5月22日、脳梗塞で急死されました。享年46歳でした。

奇跡を待つしかない状態のあやさんと、病院で対面してから一週間。誰にも何も言わず、永遠の眠りについてしまいました。

3日間の通夜の後、昨日、大和屋で葬儀(お別れ会)が行われ、文さんを慕う多くの弔問客が最後のお別れに訪れました。在イスラエルの日本人が、種類を問わず一同に会する機会は、おそらくこれが最初で最後になるでしょう。それほど、大和屋の文さんは、誰からも慕われ、文さんを知る人それぞれが、特別な思いを文さんに抱いての悲しみです。

私が文さんと出会ったのは3年前。大和屋から徒歩5分の場所へ、偶然引っ越してきたのが始まり。お客としてよくお店へ行くようになり、私が夏バテで食欲がないとツイートすれば「keikoさん、時間のあるときにちょっと店に寄ってよ、さっぱりしたの作ったから持ってって」と連絡をくれ、「何でベジタリアンなの?!食べてほしいものたくさんあるのに」、「試食品で豆腐を山ほどもらったから、取りにきなよ」などなど、とにかく、近所のおばちゃんのごとく私のことも気遣ってくれました。

最後にあったのは、レゲヴが日本出張に行っていた5月3日。初めて大和屋で一人飲みしたあの日。カウンターに座り、休みなく寿司を作る文さんとさまざまな話をしながら、たくさん日本酒を飲んで、文さんが作ってくれた寿司を食べ、イスラエルでのはじめての一人飲みに満足し、今度は文さんの自宅でゆっくり飲もうと約束をして帰宅した、私にとって記念日ともなる日でした。そして翌日には、レゲヴいなくてたいしたもの食べていないでしょと、女子会のために作ったさつま揚げを白米と一緒に渡してくれる、本当に面倒見のいい人でした。

あの日が最後の日になるなんて、やはり、葬儀を終えた今でも実感がないのです。大和屋に行けば、カウンター越しで、文さんが寿司を作りながら満面の笑顔で「keikoさん、元気?」と言ってくれそうな・・・

後悔しても始まりません。でも、もっと、話がしたかった。一緒に飲みたかった。一緒に時間を過ごしたかった。いつも文さんから生きる力を受け取っていました。男気があって、まっすぐで、文さんの言葉には強さがありました。本当に悔しいです。

文さんの突然の死に、改めて、今、この瞬間、この一瞬を、精一杯、力を尽くして生きていくこと、それだけが、今の自分にできることだと感じます。

最後に、通夜・葬儀にいたるまでの、在イスラエル日本人会主要メンバーの方々の素晴らしい献身と仕切りに、感謝します。本当にご苦労さまでした。

943353_10201313182060042_110850456_n צילום: דן פרץ

文さん、安らかに。
合掌

大和屋についての過去ポスト
大和屋イスラエル
大和屋の牛丼・カレーナイト
マンガ展in大和屋

Walla 訃報記事(ヘブライ語)
http://food.walla.co.il/?w=%2F905%2F2644357

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大和屋のあやさん」への5件のフィードバック

  1. 1990年代にイスラエルで勤務していた者です。現在は東京ですが、時々、イスラエルを訪問します。当時、ヘルツェリアやテルアビブに日本料理店を開いて奮闘していた今谷文さんの勇姿を思い出しています。急逝されたとのニュースを伺い、本当にショックで、悲しく思います。皆様のコメントに書かれた通りの方で、忘れられません。心からご冥福をお祈りいたします。

      • イスラエルに日本の食文化を紹介された功績は大きいですし、誰からも慕われていた御人柄が偲ばれます。

        • イスラエルを訪問しました。今谷文さんが遺された足跡の大きさをいろいろな方から伺いました。日本人コミュニティはもちろん、イスラエル人からも慕われていたことが良くわかりました。

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