つぶやき

2007/12/31
イスラエルの新年から、日本の新年まで、ご無沙汰してしまった・・
BBのほかのネタでは、たまに更新しているのだけれど、
やっぱり「つぶやき」は、「タマレ」とかぶっちゃうんだよなぁ。
最近は、この二つの境界線がないに等しいからね。

・・・ということで、つぶやきは、2007年度をもって、「タマレ」に同調してしまおうと思います。

「つぶやき」イコール「タマレ

ということで、お願いします。
他の項目は、引き続き BANANIAN BLUE として続いていきますので、
そちらのほうも、たまーの更新をたまーに訪ねてみてください。
そうそう、2007年度最後の子作り計画も、「成功せず」という結果で本日終了しました。
めげずに2008年度も、子作り計画不妊治療編を続行していきます。

2008年 ねずみ年が、皆さんにとって、平和で良い年であることを祈っています。

 
2007/09/08
ここ最近は、BBの更新がご無沙汰になっているな。
ブログ「タマレ」のほうに、気をとられすぎなんだけど、
実際、BBのネタがあまりない・・・というか、
変化に乏しい生活送っているからね、イスラエルも最近は、何かと静かだし。
ネタ集めをしているうちに、日々が過ぎてしまう、って感じです。
BBは「タマレ」と違って、ゴミネタは入れたくないから、慎重になってしまうのです。
タマレ」もBB番外編だから、まったく何もしていないわけではないけど、
ただ、「タマレ」は本当にゴミネタだからね。
寂しい私の、一人ツッコミで、一人遊びだから、申し訳ないです・・
ちょっと角度を変えて、BBのネタを考えます。
ところで、イスラエルは、もうすぐ新年です。
気候も、夏の終わりの涼しさを感じるようになり、
ほんの気のせい?と思うほどの、雨も降りました。
夕暮れも早くなってきたし、後一ヶ月もすれば、冬時間になってしまいます。
イスラエルの新年と言えば、ザクロの実なのだけど、どうやら今年は、不作だという話。
何かと湿気の多かった今年の夏は、世界中の異常気象と関係しているのだろうな。
未だに実感のない、ユダヤ暦の新年だけど、何でも、祭りごとはいいなぁ、と思うのです。

 
2007/08/22
以前ちょっとばかり話題にした子作り計画は、以前進行中。現在、不妊治療真っ最中。
2ヶ月ほど前から、通っていた婦人科の先生の紹介で、
不妊治療専門のクリニックに通うようになり、幾度の血液検査と各種の検査を受け、
今月、初の本格的治療をしたのだが、これがびっくり。
もともと、家から近いクリニックではないから、バスを乗り継いで1時間の道のり。
仕事を休み休み、治療のための検査に行かなくてはならないので、
治療のストレス&精神的ストレスをヒシヒシと感じながら、忍耐の日々だった。
先生もなんだか、お気楽な人だし、看護婦は威圧的で怖いし、いたわりの心なんて丸でなし。
病人ではないとしても、不妊治療に対する、精神的なフォローは必要だと思う。
日本で治療を受けたことがないから、日本の状況はわからないが、
少なくとも、日本での不妊治療は、精神的苦痛を感じることはないと思う。

治療は、一週間、自分でおなかに注射を刺した。はじめは小さな注射で、痛みも感じないが、
最後の、排卵誘発の注射は結構大きく、注射のあとは動くことができなかった。
もちろん、気分もすっきりしない。各種の注射や錠剤の影響もあることは間違いないが、
鬱とまではいかないが、晴れやかな気持ちにはなれないのだ。
今回、成功しなければ、来月へと続くのだが、一回の治療で成功するとは思っていないので、
長丁場になることは眼に見えている。
どこまで続けていけるかわからないが、納得のいくまで、やるしかないだろう。
先日、レゲブにちょっと弱音を吐いたら、
「君が(子供)ほしいのだから、仕方がないでしょ」と、軽くあしらわれてしまった。
男とはこんなものなんだろうか?
何であれ、私自身が強くならなくては、不妊治療に負けてしまう・・・と気合を入れよう。 

 

2007/08/03
始めて、イスラエルで美容院に行ってきました。
7年もイスラエルにいて、始めて、髪の毛をイスラエルできってみました。
どうして今までイスラエルの美容院を使わなかったかというと、単純に怖かったのです、
信じられなかったのです、ここの美容師の腕を・・・・
日本人といえば直毛・黒髪、そう、彼らには日本人形のイメージしかないのでは?と。
一度友人の韓国人が髪の毛を切ってもらったのを見て、
「これは、まずい、ここで切ってはいけない」と、本能で危機を察してしまったのです。
それ以来、髪の毛は日本へ帰ったときに切ることにして、
伸ばしたまま、たまに自分で切ったりしていたのですが、もう、日本へ帰るまで待てず、
ボサボサ・バサバサの伸びっぱなしの髪に見切りをつけようと、
ずーと3ヶ月ほど、考えていたところに、レゲブの弟の奥さんが、ばっさりと髪の毛を切って、
より美しくなったのを見て、「お願い、どこで切ったのか教えて、私も髪の毛切りたいの」と、
言ったところ、「彼は最高よ、早速、今週末に一緒に行きましょう、予約するわね」と、
トントンと話が進み、そして、今日、初体験をしてきてしまったのです。
結果は・・・・ウルフカット?イメージの写真をもっていったのだが、一瞥して、それっきり、
彼は大まかなイメージだけで、細かいところは彼のテクニックにお任せということで、
出来上がったのは、デザイン斬新な、ウルフカット?左右対称じゃないぞ。
私の描いていた、素敵なボブカットとは、ちょっと違う、イスラエル的なボブ・ウルフカット?
日本のご丁寧な美容院を思い描いたら、それは間違いなんだと、改めて、思い知りました。
「郷に入っては郷に従え」ということで、初めてのヘアーカットは、満足できない・・・けど、
これで、いいんだな・・・と納得する、なんだか、勢いだけで終わってしまった初体験でした。
でも、周りに好評なので、やっぱりいいのかも。

 

 
2007/07/14
またまた、新居の話で恐縮ですが、やっと芝生を敷くことができたのです。
35年生きてきて、芝生のある家に住むことができるなんて、夢のよう。
たとえそれが、ベドゥインの仮設住宅のように見えようとも、そこはパラダイス。
なおかつ、タマの悪癖(噛む)防止のための、動物の柵のような檻の中で生活していようとも、
芝生さえ敷いてしまえば、そこはもう、パラダイス。

番犬としては最高の、タマの右に出るものはないほどの噛みっぷりで、
番犬ぶりを発揮するタマがいてくれるおかげで、(それが問題なんだけど)
留守も、夜も心配することなく、生活していられるのです。
そんなタマのために、是非ともほしかった芝生。
あまりに小さな面積のため、どこも売ってくれるところがなく、
いままで、購入できるチャンスを待っていて、やっと手に入れたのです。
これで、皆さんに新居の画像を見せることができます。(芝なしでは、とても・・・)
ちなみに、柵の入り口に貼り付けてあるものは、
「犬、噛む。許可なく入るな」の警告。

すべてはタマのための試行錯誤で、日陰を作ってあげたり、それはもう、大変でした。
でも、タマのためならレゲブは苦労を惜しまないので、それはそれでいいような気がする。
タマも早速、芝生でゴロゴロしているし、そんなタマを眺めながら幸せを感じているから、
人間って、本当にささやかなことで幸せになれるんだなぁ、と改めて納得。 

 

2007/06/16
新居は、結構快適。
昨日はレゲブの家族を食事へ招待し、15人分の食事を作って、非常に疲れた。(大家族)
どうして引越ししたかというと、以前の部屋は、隣人さんの改築予定があるため、
追い出されることになり、その代わりとして、キブツが私たちのために、
使われていなかった倉庫を改造して部屋にしたと言う訳。
実際、外からの見た目はよくないけど、中はより広くなり、水周りもすべて新品で、
タマにも十分な庭付、そして何よりも隣人がないので、好き放題できる。
レゲブはあまり満足ではなく、不満ばかりだったが、こうして暮らし始めて、一ヶ月近く、
タマも快適な生活を得て満足だし、昨日のレゲブの家族たちの反応も上々、
皆、「いい部屋だ。」といってくれた。
ちょっと日当たりが悪いけど、そのおかげで、ほどよく涼しくて、今のところ冷房要らずなのだ。
広くなった分、掃除の手間はかかるけど、しばらくは引越しを考える必要もなく、
職場にもより近くなり(徒歩3分)、タマも満足し、私も満足している。
今は色気のない庭も、パッションフルーツを植え、猫の額ほどの芝生を敷く予定なので、
もう少し見た目がマシになるだろう。
今後は、家を購入するか、それともレゲブの仕事の関係で引越しをするか、
はたまた、日本へ移住するかでもしない限りは、ここでの生活が続くだろうな。
日本移住かぁー、夢だなぁー。
そうそう、ブログ タマレ をはじめたのです。イスラエル以外の話題を書いてます。
どうでもいいことばかりのゴミブログですが、
BBを見ている皆さん、ちょっと寄ってやってください。

 
2007/06/06
ニューバージョンBBをアップしてから、またまたご無沙汰してしまった。
頻繁に更新・・・・・が目標なのに、あれやこれやと優先事項を始末していると、
BBの更新へは、なかなか手がまわらないんだなぁ・・・と、言い訳はこれくらいにして、
ともあれ、やっとBBへ時間を割くことができた。
なぜ更新できなかったのか?・・・理由はいろいろあるけれど、仕事が忙しかったり、
小旅行に出かけたり、引越しをしたり(キブツの中での移動なので、住所は変わらず)、
この一ヶ月ばかり、気持ちが落ち着く暇がなかったというのが正直なところ。
しかーし、キブツが私たちのために、改築までして用意してくれた新居は快適で、
引越しして10日で、やっとタマも新しい場所に慣れ、私たちも落ちついたところ
(だからこうしてBBを書く余裕ができたのさ)。
35歳の誕生日と4年目の結婚記念日を目前にして、人生思うところも多々あるけれど、
幸せに生きていることだけは、間違いないなと日々思っているのです。
うわさでは来月にはシリアとの戦争が勃発する・・なんて皆が言っているけれど、どうだろう?
先のことを考えて心配しても仕方がないし、なるようになるしかない!と思うよ。
戦争になったら、またタマと二人でがんばって耐えて、レゲブの帰りを待つのさ。

 
2007/04/21
やっとできあがったニューバージョン BB。
おニューのPCとVistaで、あれやこれやと奮闘し、
レゲブの力を多大に借りて、できあがったのがこれ。
中身が変わったわけではないので、変化は乏しいが、
より見やすく美しくをテーマに仕上げました。
不満はあれど、できる範囲での最大限の知識を総動員し、
何とか新しくすることができたと思う。
新BBを作りながら、過去の記事を読んでいると、本当に懐かしかったよ。
とりあえずは、頻繁に更新することを目標にしているので、よろしく!

 
2007/03/14
やってきました、windows Vista。
新しいパソコンとともに我が家に配置されました。
なんとまあ、お美しい。それもそのはず。
今までのパソコンは 、8年前に購入したWindows Meだったのだから、その違いは大きい。
しかし、今まで、私と共にイスラエルをすごしてきた、
初代パソコンへの思い入れは普通ではない。
初めてのパソコンで四苦八苦しながら、このホームページを立ち上げ、
日本とイスラエルを何度も往復し、それほど問題を起こすこともなく、
今まで私のパソコン生活を支えてきてくれたのだ。まさに、わが最大の友だった。

どんなに愛着があっても、別れのときはやってくるのね・・・・・・
早い話が、やっぱりもう古いんだよね。
メモリもないし、ちょっと無理させるとすぐフリーズしちゃうし、なだめながら無理をさせずに、
ここまできたけど、もうダメ。
私のかわいい初代パソコンには、引退をしてもらいました。
本当に今までありがとう・・・・・・・と、涙なしには語れないのだが、
なんと言ってもVista すごい!って言うか、新しいパソコンの力強さにもう、メロメロ。
Vistaは未だ使いこなしていないけど、やっぱり世代交代は必然だったと、
改めて思い知らされました。
そして、連日アニメダウンロードに精を出していていいのか・・・・・?

 
2007/01/29
アニメおたく復活!
イスラエルにも、不法アニメダウンロードサイトがあるのだ。
もちろんそれを見つけたのはレゲブ。
連日連夜、仕事場でダウンロードを続け、私のためにもってきてくれる。
すでに、20枚以上のDVDが確保されている。
人気の「鋼の錬金術師」や「Gost in the shell」、
「地獄少女」、「絶対少年」、「Death Note」などは、
アニメに飢えていた私には、最高の楽しみになっている。
レゲブはあらゆるアニメをダウンロードするので、ロリコン系・エッチ系・オタク系など、
日本にいたら絶対みないぞ!というジャンルももってくる。
しかし、これが意外とレゲブの心をくすぐるらしい。
あきれるようなオタク・ロリータものもあるが、何であれ、
全て無料で完璧にダウンロードできるのだから、インターネット万歳である。
日本にいなくてもこうして日本のアニメを見て、You Tube でなつかしの「ひょうきん族」や
「ダウンタウン」などの、お笑いをみることができるこの世の中は、
いったいどうなっていくのだろ・・・?なんて、ちょっと考えてしまったりした。
そして、とうとうMicrosoft Vista発売。待っていましたこの日を。
Vista対応のPCを購入し、より一層、不法アニメダウンロードに、
そして、パソコン生活にはまっていくのだぁぁぁぁ。・・・・・いいのかな、これで? 

 
2006/12/13
続報、子作り計画。
レゲブの再検査の結果は、不合格にかなり近い、かろうじて合格。
この”Normal”の報告に、レゲブ喜びの一報を打つ。「俺の検査はOK」。
さー、これで振り出しに戻ったわけだ。
検査結果を携えて、かかりつけの婦人科へ行くと、
ドクターは、「んー、不合格になってもおかしくないねー。
まっ、検査官が合格にしたのなら、合格として次の段階に行こうか」
という、なんだか心もとない返事が返ってきた。
さて、次の段階というと、それは排卵誘発剤。本当にうまくいくのだろうか?

あまり考えないようにしようと思っても、考えないようにしようと思っている時点で、
考えているのだから、ダメだよねー。
なるべく、レゲブにもプレッシャーをかけないようにしているつもりだけれども、
検査を2度もした時点で、十分、彼は彼なりに神経をすり減らしただろうと思う。
日本は不妊については先進国だけど、イスラエルはどうなのかなー。
ちょっと不安・・・・
こればかりは、叫んだところで、泣いたところで、世界10週してみたところで、
願いがかなうものでもなし、力技も使えない。
今、一番大切なのは、悩まず、レゲブと二人の時間を大切にすること、しかないのかな・・・ 

 
2006/12/05
気がつけば、師走。短く切った髪も、そりゃ伸びる。
インターネットに接続できないトラブルがあったり、エアロビを始めたり、
レゲブとトラブったり、単調な日常の中で、それなりに刺激を得て、日々が過ぎている。
そんな中、現在、四六時中あたまの中をめぐっている心配ごとがある。
それは・・・・・子作り。
難航中なのだ。
子作り計画を始めて、1年と6ヶ月。すぐにできるだろうと思いきや、
これが、いっこうにその気なし。
周りは妊婦だらけで、交代交代、誰かが妊娠している。
「keikoはまだなのか?どうしたんだ?」と影で言われていることを知り、
「あっ、あの人も妊娠、この人も妊娠」と、妊婦ばかりが目についてしまう。
「大丈夫よ、もうすぐだから」との気休めにも、苦笑い。
こればかりは、どうしようもない。
レゲブもこの状況からは、逃れられるはずもなく、検査をしたが、結果は再検査。
今まで、私一人で思いつめていたことが、レゲブの検査結果次第で、
急展開する可能性がでてきた。
今は、よけいなことばかり考えてしまって、気が滅入るばかり。
まだ、結果を断定されたわけではないのだから、希望をもち続けなければ・・・・
それでも、悪いことばかり、考えてしまうよー。 

 
2006/10/27
終わってしまった、日本滞在。
今回ほど、精神的に満たされた帰国はなかったよ。
帰りたくても帰れなかった戦争中の気持ち、そして、戦争で空っぽになってしまった私の心。
その全てを、家族が、友人が埋めてくれたんだ。
みんなはきっと気づかなかっただろうけど、みんなと会って、食事をして、会話をして、
そんなイスラエルではできない普通のことが、こうして、生きていたからこそ、できるんだぁ、
って思うと、本当にうれしかった。
心配してくれたみんなに、元気な姿を見せることができて、良かったぁ、って、感謝したよ。
20年ぶりに会う同級生がいたり、それでもお互い中学生の時のままに会話をしていたり、
なんだか、時間ってすごいなって感じる。
私達は中学の時から変わってないように思っても、
世間では30半ばのおばさんなんだよな、ってね。

とにかく毎日、日本酒で晩酌の日々を送り、飲みに行っては次の日、寝込んでいたり、
そんな、若かりし頃の懐かしい日々を再現する毎日だった。
遠方からわざわざ私のために来てくれた友人、仕事や子育てで忙しい中、
会う時間を作ってくれた友人達。夜中まで付き合ってくれる、良き友人達。
本当に楽しかった。
また、みんなと会うためにも、死んではいけないなぁと思った。
生きていて、よかったなぁって思った。
少し違った環境で生きている私は、考え方も感情も、みんなと変わってきているけど、
それでも、毎回、暖かく私を迎えてくれるみんなに感謝だよ。
また、戦争があったとしても、私はがんばっていけるよ。
そのための心の準備はできたよ。
イスラエルに戻ってきて感じるのは、今回の戦争とそして日本への帰国で、
また一つ私は強くなれたなってこと。
日本から私を見ていてくれる家族と友人達、
そしてイスラエルで私を大事にしてくれるレゲブの家族。
多くの人たちに守られながら、私は生きているんだって、心から実感した。
だから、強く生きていくことができる、そう感じる。
一つ一つの物事をきちんと見つめて、一日一日を大事に生きていこうって改めて思う。
今度も、ありがとう。家族にありがとう、友人達にありがとう。 

 
2006/09/06
停戦されてから、一ヶ月近くたとうとしている。
未だに仕事場は、戦争中にたまった仕事を処理仕切れず、
みんながストレスの塊になっている。
でも、私はまったく気にしない。
私とレゲブにはバケーションという、華やかな明日が待っているのだ。
停戦と同時にレゲブと休暇に出ることを計画し、スイスに一週間滞在、
その後、私は日本へ帰るのだ!こんなうれしいことはない。
職場がどんなに殺気立っていようと、どれだけ嫌味を言われようとも、
戦争中に一人で仕事を守ってきた私に、誰も文句は言えないのだ。
どれほど、このときを待っただろう。
戦争中にはただ、こんな日が来ることだけを夢見て祈っていた。
正直、未だに私自身、戦争の後遺症から抜け出せない気分だ。
今でも、砲弾が落ちた時のことを思い出すと、精神が不安定になる。
停戦されてから今まで、心から喜びや楽しみを感じることができないでいる。
しかし、やっとこの日がやってきた。
明日は最後の仕事。
うんざりする職場から離れて、休暇のことだけを考えることができる。
きれいさっぱり、この戦争の気分を洗い流してしまいたい。
親しい仲間と、思いやれる家族と、おいしいお酒と、楽しい会話が、私を救ってくれる。
遠くから私のために来てくれる大切な友達がいる。
みんなと会うための段取りをしてくれる仲間がいる。
心から私のことを待っていてくれる家族がいる。
再びイスラエルに戻るまで、みんなからたくさんパワーをもらって、元気になるんだ。 

 
2006/08/12
この一週間は、熱が出て寝たきり状態だった。
精神の崩壊よりも先に、体の方が悲鳴をあげたらしい。
戦争が始まってからの一ヶ月近く、ただ、耐えることだけで日々をすごしてきた。
レゲブは徴収され、毎日電話で話をして、無事を確認するけど、大丈夫とわかっていても、
毎日兵隊が死んでいる報道を見れば、そりゃ、安心してなんていられない。
爆音の中、タマをなだめながら一人でいる夜は、明日が停戦になるようにと願うだけの時間だ。
仕事もムカツク気持ちや、やり場のない気持ちを抑えながら、一人で続けてきた。
そんな日々を続けてたのだから、精神的にやばくなっていてもおかしくないよ。
そんな精神的に参っていた気持ちが体に正直の出たのだろう。
レゲブが24時間の休暇を終えて、軍に帰った後すぐに、熱がでて、ノックアウト。
体が弱って、体力も気力もなくなってしまい、一週間近くゴロゴロ状態だった。
人間の体って、よくできているよ、ホント。
何もかも放り出して休め、ってこと何だよね。
張り詰め続けていた気持ちにリセットが必要だって、体の方から警告してくれるんだよね。
確かに、気持ちの整理をつけて、精神と体を整え、気力を供給できたと思う。
下ばかり向いていた気持ちが、上昇気味になることができたと思う。
昨夜、国連の停戦決議が採択され、やっと、この戦争の終わりが見え始めてきた。
もう、馬鹿な政治家どものくだらない戦争ごっこはたくさんだ。
今日は久々に朝からタマといい散歩ができたし、爆音もなく、
タマも喜んで散歩し、食事もし、他の犬と戯れ、私もいい気分で青空を見上げることができた。
そんな普通のことが、普通にできる日が戻ってほしいよ。

 
2006/08/02
限界を超えて、無気力・無感覚、頭は機能停止中。
自分を保っていることに精一杯で、超無愛想、笑うこともしゃべることもできない。
やばいよ。
レゲブは、とうとうイスラエル軍からお呼びがかかり、予備兵として軍に行ってしまった。
砲弾の、鼓膜が破れるほどの音の中を、耳栓をして眠れるようになり、
この2日間は比較的静かな日で、タマもリラックスムードだったのに、
今日は戦争初日のように、一日中滅茶苦茶な日が続いている。
今までで一番多い200発以上ものロケット弾が飛び交い、
あちらこちらで火の粉をあげ、人も死んでいる。
これで、普通でいろ!って言うほうが無理。
職場を放棄して3週間南に逃げていた同僚は、資金切れのため職場に復帰。
「ホテルに滞在して、楽しかったぁ。よかったわぁ」だって。
この状況から、子供がいる人は逃げるのが当然とはいえ、非常にムカついてしまった。
もう少し、思いやりってものはないのか?
私はあんた達が高飛びしている間、ひとりでお前達の分も働いてたんだぞ!
爆音と砲弾の中、感情を押し殺して、働いていたんだぞ!
私が仕事を続けていなかったら、お前達の仕事する場所は、とっくになくなっているんだぞ!
戦争で職場もなく、金もなく、となるところを、こうして働き続けている人がいるから、
お前達は何も考えずに、職場に平然と帰ってこれるんだぞ!!。
言いたいことは山ほどあったが、すべてを飲み込んで、「そりゃー、良かった」。
その同僚も、爆音がして怖いといって、3時間ほどで帰ってしまった。

まじめに働いている自分が悪いのか・・・・・・・・・・・・・・まっ、要領が悪いんだな。
この、馬鹿正直さと要領の悪さは、佐藤家家訓のようなものだな。
実際、子供のいる人たちは、この状況で子供を置いて仕事をしている場合ではないのだ。
私は、子供もいないし、レゲブもこーゆー(何事もないように、日常を続けている)人だし、
仕方がないんだよね。
毎日我慢して、泣き言は言わないで、感情を殺して山のようにある仕事をして、
時には我慢が沸点に達して、一人で声を殺して泣いて、そのたびに無感情になってく。
そんな日々が続いている。
レゲブは規則を破って、できる限り帰ってきてくれているけど(車で1時間ほどのところにいる)
この長引きそうな戦争に、私はいつまで耐えていられるのかわからないよ。
戦争が終わるよりも先に、私の精神状態の方が、崩壊してしまうのではないだろうか?
レゲブが兵役(無期限)を終わって帰ってくるまでは、
何とか、精神状態を保っていなければ・・・そして、日本へ今度こそ、帰るんだ。
みんなが高飛びしている間、がんばって我慢して、戦争が終わったら、
仕事も何もかも放棄して、日本へ行くんだ。もう、ボスにも言ってある。
「みんなが仕事に戻ってきたら、私は、消えます」と。
連日の爆音におびえて食欲もないタマをだいて、「大丈夫、心配しないで」と慰め、
タマのぬくもりに私が救われているのかも知れない。
大声をだして、「もーーーーい・や・だーーー」っと、叫びたいよ。

 
2006/07/17 
本当に、マジに、戦争だよ。いいかげん、爆撃音も飽きてきたし、うんざり。
ガザの方面をいつもテレビで見ていて、「あっちの人たち、大変だね」なんて、
人事のように言っていた日々が懐かしい。その言葉は、そのまま私に帰ってきているよ。
連日連夜、ドッカーン、ダダダダダッ、ボンボンッ!、ヘリコプターパラパラパラ、
戦闘機ゴォー、なんて音を耳にしていたら、愛犬タマでなくても、頭おかしくなりそう。
タマはこの数日間、食欲も無くし、吼える元気もなく、
頭を隠すことができる場所(ベッドの下、もしくはテーブルの下)に生息している。
そして、夜はもちろん私達と一緒の部屋で寝ている。
私はというと、ベッドの下にもぐっているわけでもなく、防空壕にいるわけでもなく、
たった一人で仕事に励んでいる。
というのは、この戦争状態で仕事場は一応閉鎖しているのだが、
キブツの中にすんでいて、仕事ができる人は緊張状態の中、仕事を続けているのだ。
イスラエルの北は今や戦場。
いつどこに、ロケット弾が飛来してくるかわからない。
町は静まりかえり、電車は運休し、人々は他の場所へ逃げていく。
キブツも例外ではなく、多くの人が逃げていった。
しかし、人の運・不運ってあるけれど、逃げたところにロケット弾があたるんだよね。
それで死んだ人も実際にいる。
私はこうしてキブツに残り、爆撃音を聞いて生活を続けているが、
それ以外に特別変わったことは無い。
日本へ帰りたいなぁーとも思うが、レゲブとタマが心配で、こんな状況の時には帰れない。
不眠不休で働いている兵隊さん達もご苦労さま。
もう、何がなんだか、よくわからないこの状況を、開き直って、楽しむしかないでしょう。
日本へ帰った時には、みんなにビデオ付きで語って上げるよ。

 
2006/07/07    
おおー、今日は七夕じゃないですか。
日本にいても、あんまり気にしなかった行事だけど、
他の場所にいると、こういうことがきになるんだね。
でも、何にもしないけど・・・来年は何かしよう。
レゲブは日本から帰国し、たくさん、お土産を持ってきてくれた。
以下、レゲブのお土産リスト。

日本酒2本(新潟)・・・
                        これは、ヤッパの社長のお母さんがいつも手土産にくれるんだけど、
           レゲブが毎回「酒は新潟が一番」(私の受け売り)というので、
           今回は新潟の酒をゲット。

坂本九のメモリアルベスト・・・
                                   さすが世界の九さん、レゲブのハートも九さんにメロメロ
                        (ちなみに細川たかしの北酒場にもメロメロ)。       
                                                     
マンガ「NANA」 1‐14巻・・・
                                   さすがに絶句。
                                   (14冊もイッキ買いしてくるとは、思っていなかった。)
                でも、目の付け所は前回同様GOOD。
                一気に読みふけってしまった。
                                   私のハートも「NANA」にメロメロ。

東京銘菓「ひよこ」・・・
                             これはちょっと失敗。甘すぎて、おいしくないよ。
             もさもさしているし・・・誰にも上げることができず、
             日持ちもしないので、レゲブと二人でがんばって食べました・・・

今回も、お土産をどっさりと持ってきてくれて、感謝なのです。
レゲブの日本出張、次回はいつかなー。
レゲブは細川たかしのCDを買うと、すでにきめているのだ・・・(やだなぁー)

おまけ:日本の会社用に日本で用意されていたレゲブの名刺には、
          「レジェブ ポラート」と印刷されている。
     随分前からレゲブに訂正するように言っているのに、
          本人は気にしていないらしい。
     みな、「レジェブゥ」と呼ぶそうだ。嫌じゃないのかな?

 
2006/06/27
34回目の誕生日も3年目の結婚記念日も終わり、ノーんびりとボーとしたいなぁー・・・
と思っていても、なかなかそうはいかない。
仕事も連日忙しく残業ばかり、週末は新居のための買い物(これは楽しい)。
今週は久しぶりにゆっくりと休日なんて思っていたら、
レゲブは急きょ、日本出張決定。現在、東京丸の内ホテルに滞在中。
タマと二人のお留守番も、味気ない。
タマは遊んでくれる相手がいなくてストレス気味。
私もなぁーんだか詰まんない。食事もおいしくない。
んー・・・・・私はいったいいつ日本へ行くことができるんだ???
レゲブのように3日前に日本行き決定!とはいかないのが、つらいところ。
最低でも一ヶ月は日本にいたいから、色々と段取りが必要なんだなー。
まっ、レゲブは仕事とはいえ、日本滞在を楽しんでいるし、
日本からのお土産も楽しみだから、いいことにしよう。
レゲブがイスラエルに戻ってきたら、購入した家具が届く予定で、
その後は引越しを手伝ってくれた家族を新居へご招待の予定で(もちろんオール日本食)、
私は子供達のサマーキャンプで、日本文化を教える予定で・・・・・
これらすべてが終わるまでは、気が抜けないのだ。
もうひとつ、気がかりなことがあるけれど、それは神のみぞ知ることなので、
考えないようにしよう。

 
2006/06/02
ちょっと気を抜いているうちに、六月になっている・・・5月は忙しかったんだな。
仕事も連日12時間労働で、突然引越し話が浮上し、一週間みっちり引越し騒動で、
とは言っても、キブツの中で移動して、今までよりも広い部屋に移っただけのことなんだけど、
それがなんだか、とっても大変だった。
でも、やっとまともな生活ができるようになって、ホッと一安心。
今までは台所も何もなくて、洗濯機もなかったから、
キブツの洗濯場に出したくない服は手洗いしていていたんだ。
かろうじて生活に苦はなかったけど、精神的にはもういっぱいいっぱいだったんだよね。
レゲブは洗濯もしないし、料理もしないから、寝る場所があれば十分・・・って言う考えだけど、
夫婦として生活していくには、最低限度の品物が必要だよ。
もう、我慢できない限界まできていて、キブツを出て行く・・まで話が進んでいたんだけど、
やっとキブツに空き部屋ができて、入ることができたんだ。
部屋数も増え、台所もあり、洗濯機も購入し、
愛犬タマにもベランダという快適な居場所ができて、もう人を噛む心配もなくなり、
やっとまともな生活が送れるようになった。
引越して一週間、この精神的な安らぎは家賃の高さにも勝るね。
そうそう、「眼」にも書いたけど、引越ししてすぐにレバノンからの砲弾があって、
なんとも戦場気分を味わったし、一時は戦場状態だったけど、
次の日には変わらない生活を送っているんだよね。
遠くの人の方が心配して、現場にいる私達は案外平気でいるのが本当の所。
部屋の窓から眺める、イスラエル基地への砲撃は、言葉で表現するのは難しいけど、
何か別世界の物事のようだった。
ともかく、何事もなかったし、引越しもすんだし、新しい気分で夏を始めることができるよ。

 

2006/04/15
最近、私の中ではやっているもの、マンガの「ハチミツとクローバー」。
レゲブが一ヶ月前に行った日本出張で、頼んでいないのに、
なんとなく本屋の店頭にあったから・・という理由で買ってきたマンガ。
それはそれで目の付け所、グー(GOOD)なんだけど、
日本出張しているレゲブが、日本語も読めず、しゃべれずのレゲブが、
マンガ本を買ってきてくれるようになるなんて・・・・・・
なんて、私って、イスラエルにいてさえも、オタク度増しているの???
それにしても、このマンガ、相当面白い。
まったく基礎知識なしで読み始めて、まさにはまってしまった。
なにやら日本では大人気らしいし、映画にもなるらしいし、
レゲブ、マジで目の付け所最高。
久々にマンガ読んで泣くほど笑ったよ。
やっぱり、日本のマンガは現代文化だよね。
これなくして、今の日本は語れないね(マジで)。
そんなわけで、インターネットでマンガ本読んだり、DVD購入したり、
文明の機器のおかげで、一人遊びに事欠かない日々をイスラエルで送れるなんて、
世の中万歳!お父さんお母さん万歳!だよ。
そして、これからもレゲブの日本出張の時は、
レゲブの東京ぶらぶら買い物ウォチングに期待、大だね。

 
2006/02/08
つぶやき復活。
OH!イスラエルのネタ切れ・・という説もあるが、やっぱりつぶやきたくなることは多いんだよ。
つぶやきたかった、ってことかな。
久々の初つぶやきは、レゲブが3度目の日本出張なのです。
一年の内で3度の日本上陸。うらやましい・・・というのが本音。
もちろん彼は仕事で行っているから、お遊び気分ではないけれど、
テレビに映ったり、雑誌の取材が入ったりと、一流ビジネスマンらしく日本で活動している。
それは全部取引先のヤッパの若手社長の取材なのだが、
いつもレゲブが行くときにそういうことがあるらしい。
それはそれで、いいのだ。そんなことをつぶやきたいのではなくて、
このレゲブが日本出張で一週間留守の間に、
兄が送ってくれた年末の年始のテレビ番組をみている。
その中に「紅白歌合戦」が入っていて(リクエストはしていないが、兄がDVDで送ってくれた)、
冗談半分でみはじめたら、これがやめられない。
5年ぶりの紅白歌合戦は、はっきり言って、面白かった。ついでに、泣けた。
分けのわかんない歌手がたくさんいたけど、
もう、誰の歌に泣けたのか、忘れてしまったけど、でも、心にグッときたんだよね。
「あー、日本人なんだなぁ」って、感じたんだよね。
これが世界各国に放送されている訳がわかったんだ。
私のように、こんな気持ちになっている日本人が、世界にはたくさんいるんだよね。

日本にいたときは馬鹿にしていた紅白だけど、
こうして日本を離れ、遠くから日本を見るようになって初めて、そのよさがわかった。
日本人の心なのかな・・・・
私のモットーでもある「川の流れのように生きる」の原点、
美空ひばりの「川の流れのように」では、泣かなかったけど、
これはあと30年生きたら、きっとこの歌の本当の意味を知るんだろうな。
知らないけど、いい歌手が何人かいたな。
森山なんとかとか、男の二人組みとか・・・日本は、いい国だよ。すばらしいと思ったよ。
紅白歌合戦万歳だよ。みのもんたは好きじゃないけどね。

 
2004/12/31
つぶやき続けて3年6ヶ月。
あっという間の気もするけど、やっぱりそれなりに長い月日を費やしてきたんだなー。
それも全部イスラエル関係で・・・・・・
終わりよければ全て良し、で、様々な苦悩を越えて、
今はレゲブと静かな生活を過ごしているから、つぶやきも無駄じゃなかったわけだ。
年末になると、こうしてなんとなく、老人のように、
渋茶(コーヒーだけど)をすすりながら思い出の回想をしてしまうよ。(ババアの証拠だ)
何の情緒もないイスラエルの年末年始にも慣れたけど、
やっぱり「ひとり年末年始」をしてしまう。
部屋の大掃除をして、窓を磨き、花を飾り、新しい服に取替え(別に汚いからじゃないよ)
日本食を作り、佐藤家式に酒を買う。
日本酒じゃないところが寂しいけど、いたし方なし。
誰にもわかってもらえない大晦日の気分と、正月の気分を一人で味わうのさ。
レゲブは「日本のクリスマスでは特別なスープを食べるんでしょ?」って、
・・・・・・それはおまえ、正月のお雑煮だ!決してクリスマスではない!!
真剣に日本の年末年始をレゲブに教えたが、
レゲブは未だにクリスマスと大晦日と正月の区別がついていない。悲しいよ・・・
こうして2004年も終わっていくのね・・・
このつぶやきを最後に、つぶやきはおしまい。
2005年からはつぶやき転じて「OH!イスラエル」と題して、
イスラエルについて何でも書いていくことにしました。
衣・食・住・etc・・・あらゆることをコメントしていきますねー。ご期待!

 
2004/11/11
見ちゃったよ。まずいよ。
イラクで人質になって殺された日本人の影像を見てしまった・・・・・
見るべきじゃなかった・・・未だに首を切っている絵が頭から離れないよ。
何で見ようと思ったんだろ?まっ、見てしまったものは仕方ないから、
早く忘れるように努力しよう。

それにしても、ホント馬鹿だよね。自業自得だよ、
殺されたって文句言えない。確かに殺され方は異常だし、
こんな蛮行は許されるべきじゃないけど、
今のイラクにへらへらと旅行気分で行くこと事体間違っている。
イスラエルにもいたようだけど、本当に信じがたいばか者としか言えない。

TTLジャーナルのヤスさんのコメント 
http://ttl-news.com/cgi-bin/diary.cgi

日本人バックパッカーの愚考は数知れず見てきたけど、
これを機に、これからバックパック背負って歩こうと考えている人は、
何が大切か、何を心がけるべきなのか、何かあったときの責任を自分で取れるのか、
覚悟はあるのか、よく考えてほしいよ。世界を旅すること大いに結構。大賛成だよ。
でも、日本の恥をひけらかして歩くようなことはしてほしくない。
イラクでまるで生贄の羊の首を切るように、首を切られて殺された彼は、
こんな形で彼の非常識の責任をとるはめになったのだから。

各国、各民族、それぞれ独自の文化と思考を持っているのだから、
その独自の民族文化を学び・尊重することから始めなくてはね。
イスラム教圏で、短パン・Tシャツなんて厳禁だよ。
自分もバックパッカーだったから、むかつくんだよね、こういう馬鹿者がいると。

 
2004-09-24
イスラエルは5765年の新年も明け、冬時間にもなり、あっという間に冬だ。
夕方の6時には真っ暗になり、なんとも寂しい気分になってしまう。
タマとの散歩も仕事を終えて、大忙しで出掛けなくてはならない。

新年といっても何もしなかったし、好評の寿司を作って親族の集まりで食べただけ。
最近仕事にがんばりすぎで、体中ギシギシ言っているし、
(がんばる必要はないんだけど、ついがんばってしまう・・)
なんとなく日々の生活がマンネリになっているような気もしないではない。
何事も問題なく日々過ぎているし、レゲブとの関係も最高だし、タマも元気だし、
お金はないけど、食べていくには問題ないし、贅沢はしていないけど、
生きていくうえにはこれまた全く問題ない。

レゲブは大学の修士課程を始めるかどうするか迷った挙句、いったん休学して、
仕事に入ることにした。大学には片足突っ込んだ状態だから、
勉強したくなったら戻ればいいので、小銭をためるために働くのもいいだろう。
TTLジャーナルの森口さんもイスラエル入りし、大いに仕事を楽しんでいるようだし、
イスラエルは飽きることのない(たくさんの意味でね)美しい場所だよ。
レゲブの論文の山と夏の暑さで、トレッキングがご無沙汰だけど、
いい季節が到来したので、雨が始まったら雨の中でのトレッキングを予定。

今晩からヨムキプール(贖罪の日)が始まる。
数年断食をしたけれども、今年はまだ未定。
改宗話しが頓挫してからは、宗教的なものに嫌気がする。
多分断食はしないと思うけど、贖罪は何かの形でしようと思う。
テレビもラジオもないヨムキプールは、北野武のDVD(レゲブがはまっている)で、
過ごすことになるだろう。
なんとも取り留めのないことばかり言っているけど、普通の日々であることに感謝。

 
2004-08-06
犬のタマ問題に集中していて、随分とご無沙汰してしまった。
しかし、終わったと思いきや、これが終わっていなかったんだ。
結論、タマは私達のもとへ戻ってきた!
映画みたいに自分で戻ってきたら感動ものだけど・・・
・・・・・・・レゲブが連れ戻してしまったのだ。

細かいことは抜きで、戻ってきた時のタマはボロボロで痩せて、
顔つきが変わっていて、・・・ショックだった。
一目でタマにとって困難な生活だったことがわかった。
本当に、かわいそうなことをしてしまった。
何も考えず、レゲブと2人で懸命に世話をし、手入れをし、
タマは以前の状態に戻りつつある。(相変わらず吼えるけど)
数日間、私の方がパニックで、ショックで、おかしくなりそうだった。
私がしてしまったこととが一秒たりとも頭から離れないのだ。
手放した時の光景、戻ってきた時のタマの状態、それら全てが苦しかった。
レゲブもそれを察し、「2人の責任だ、自分も悪かった」と、慰めてくれた。

以前と大きく変わったことは、レゲブが真剣にタマを世話するようになり、
私に全て覆い被さっていた「犬を飼う責任」が、2人のになった。
もし、レゲブがはじめからそれを理解していてくれたなら・・・・
と、思わずにはいられないが、ともあれ、多くの時間と、苦しみを得て、
最終的には、レゲブにとっての犬教育だったように思える。
毎日レゲブはタマと遊び、世話をし、しつけをしている。
ちょっと異常な程にタマに対する愛情が芽生えたのが不思議でならない。
今は犬を飼うに相応しい部屋を探している。
これでタマの話しはおしまい。
タマは私達と共に一生を送ることになるだろう。

 
2004-06-30
今までの人生で、自分が決断し、行動したことで、
間違いだったこと、後悔したことはなかった。
でも、捨て犬のタマを成り行きで飼い始めてしまったことは、
間違いだったと認めざる得ない結果となってしまった。
3ヶ月間、レゲブとタマの板ばさみで、嘔吐・胃痛をともなう
軽い鬱になってしまった。(自分でいっているからたいしたことないか?)
当初、キブツ犬として放し飼いするはずだったが、
タマは人を攻撃する危険犬であることがわかり、
24時間つなぐことになった。普段はいい子なのだが、突然攻撃的になるのだ。
それが男性だけだから、間違いなくタマには何か訳があるのだろう。
タマとしては私を守っているつもりなのかも知れないし、
番犬として飼うには、もってこいの犬なのだが、
キブツの犬として生活していくには致命的だった。
なおかつ吼える。犬・車・バイク・自転車・・・吼え続ける。
これもかなりキブツの犬として生きていくには苦しい。
何度も言うが、番犬としては最高の犬だった。でも、キブツに番犬は必要ない。

これらの問題はレゲブのもっとも嫌悪するもので、タマが吼えれば怒り、
タマが言うことを聞かなければ怒り、タマを殴る蹴るした。
まるで私が殴られているかのような気分だった。
レゲブは教育しているつもりなのだが、成犬の教育は難しい。
犬との交流を持ったことのなかったレゲブにはわからない。
犬を殴るレゲブを見たくもないし、タマにとってもかわいそうだと思い、
友人の日本人に相談し、他の飼い主を探してもらった。
幸運にも番犬がほしい人から連絡があり、タマはもらわれていった。
レゲブはタマに対する愛情が芽生え、引き渡すことも最後は渋ったが、
最終的には私が始めたことのけじめをつけなければならない。
私にとっても、仕事と、タマの世話と、レゲブとの板ばさみで、
誰にも頼ることが出来ず、限界に達していたので、
他の飼い主を見つけることが最善の解決策だったと思っている。

もちろんタマにはかわいそうなことをしてしまった。
3ヶ月とはいえ、タマは私とレゲブを好いてくれて、私達は一緒だったのだ。
捨てられ、やっと安心したかと思いきや、また新しい飼い主。
タマにはなぜ私達と別れなければならないかなんて、わからない。
かわいそうなことをしてしまった。
犬の人生とはいえ、タマの人生は苦難の人生だ。
飼い続けてあげたかった。
安易にタマを飼ってしまって、タマにとっても申し訳ないことをしてしまった。
誰も協力者なしで犬を飼おうとした私が、ばかだった。
自分自身のことすら思うように行かない状況で、何とかできると思った、
私の判断が、間違いだった。
レゲブにとっては犬を知るいい機会だったはずだ。
私は・・・・・
タマとの散歩は最高に楽しかった。
タマとの時間は私を癒してもくれ、そして苦しみでもあった。
今でもタマの姿、しぐさが頭から離れない。
タマがいつも寝そべっていた場所を見るたびに、胸が痛む。
新しい飼い主はタマをかわいがってくれるだろう。
タマが一日も早く新しい飼い主に慣れてくれるといいのだが・・・
タマがいなくなってからは、レゲブとは以前のような穏やかな関係だが、
ほんの少しの物足りなさと、そして、寂しさを感じる。
いつか、再び犬を飼うことが出来る日が来るといいのだが・・・

 
2004-04-22
人間って、勝手な生き物だと思う。
愛犬タマは、私が子犬の面倒を見ることが出来ないと言う理由で、
避妊手術をした・・・ごめん、タマ。

犬を飼うなら避妊手術するのは当然と思っていた。
だからレゲブの反対に聞く耳もたず、獣医に連れて行った。
タマは私を信じきって喜んでついてきたし、待ち時間も良い子だった。
実際、避妊手術がどんなものなのか、よくわかっていなかった。
麻酔をかけられたタマが次第に倒れていく姿を目のあたりにし、
手術が行われている間、ずっと胸を締め付けられるような気分だった。
「とんでもないことをしてしまったのではないか?
本当にこれは正しいことなのだろうか?いや、必要なことなのだ。」
そんなことがずっと、頭の中を巡っていた。
おなかを縫われたばかりのタマを抱え、朦朧としているタマに呼びかけ、
「ごめんね、ごめんね」とつぶやいていた。
タマの全体重の重みが、ずっしりと私の心にのしかかっているようだった。
レゲブは送り迎えはしてくれたものの、しかめっ面で怒り、
一言も言葉をかけてはくれなかった。(目もあわせてくれなかった・・)
メス犬を飼うのは初めてだし、避妊手術も初めてだった。
責任を持って犬を世話するためには、必要なことなのだ・・
と、自分自身に言い聞かせているが、胸のつかえは取れない。

一日たった今も、タマは寝床でずっと横になっている。
タマの目が「なぜこんな目に合わなければならないの?」
と語りかけているように思えて、ごめんと謝ってばかりいる。
本当にごめんね、タマ。痛い思いさせて、ごめん。
元気になったら、山へ散歩にいこうね。
たくさん散歩しようね。

 
2004-03-17
ずいぶんとご無沙汰してしまったなー。
もう年越えて二月も過ぎているなんて・・・信じられない。
とにかく2004年になって、何があっても世界は回っているんだわ。

さて、何から書き出していったらいいものか、整理がついてない。
これほどブランクが空いたのも、日本に里帰りしていたからであって、
決して怠けていたわけではない!
ネタはたくさんあるので、一つ一つ書き出していくよ。
日本帰国編・レゲブの見た日本を特集していくぞ。

イスラエルは春真っ盛り!
ラケフェットが咲き誇り、アーモンドの花が咲き、緑に覆われ、
アネモネが謳歌している。
美しいイスラエルをこれからも伝えていくので、よろしく。

 
2003-12-27
結局、食堂の仕事を続けてる。
まったく、変な話だったよ。
私にラボラトリーの仕事の話を持ちかけてきたのは二人。
一人はラボの責任者、もう一人はそこで働いている人。
彼らは私に働いてほしかった。だから空きが出るとなったとたんに話を持ってきた。
私はまじめに真剣に考えて、最終的には履歴書を工場に提出したんだよね。
そのことを食堂のボスにも話をしたら、同じ日に工場の責任者の一人から、
ある人を食堂から引き抜きたい、との話があった。ということだった。
食堂のボスは、とにかく決定されるまでは何一つ約束事はするな!と釘をさし、
どういう結果になるか様子を見ることにしよう、という話で収まった。
それから数日のうちに何人もの人から、
「あんた、工場にいくんだって?食堂から抜けるんでしょ」
などと、興味本位に言われ、私としては「わかりません」と答えていた。
嫌な気分だったよ。
そして面接の日が来て、10分程の簡単などうでもいいような質問をされ、
そのときに、「多くのキブツのメンバーもこの仕事をほしがっている」
と言われ、私はその面接を終了した。
その30分後に面接をした女性から、
「今回はキブツのメンバーを取ることにします。
あなたには今後採用の可能性は大きくあるわ。まずはヘブライ語を上達させて、
経験をつんで頂戴」

こうなることは、わかっていたんだよね、なんとなく。
どう考えても私が食堂から抜けて、メンバーを差し置いて良い仕事につくなんてことは、
ありえないんだもの。
食堂のボスは、今回の私の引き抜きの件で、非常に工場に対して怒っていた。
もちろんこれはキブツの中のことなので、私が結果を聞くまでもなく、
食堂のボスにはこうなることは全てわかっていたことだ。
私がこの結果を食堂のボスに報告した時、彼は喜びの顔を隠すのに必死だった。
その日の直後に、今度はもう一つのキブツの工場であるコンタクトレンズから、
仕事をしてほしいと依頼があった。
これも食堂のボスは全て知っていた。
いったい、このキブツはどうなっているんだ!

現在のキブツの状況は、メンバーはより良い仕事を得ることに必死になっている。
キブツの方針としてはまずはメンバーを採用することが前提だ。
しかし、ここに問題がある。
メンバーは怠け者で働かず、わがままばかりを言う。
故に、経営者としては、このような人物は採用したくない。
故に、たとえ給料を払うとしても、よく働く人物を採用したい。
というのが、工場の経営者側の意見となる。
もっともだ。

今のキブツ革命の中で、このようなジレンマはあらゆるところで見られる。
古き良きキブツ体制は、適当に働いても生活は保障されていた。
しかし、すでにそんなものはこの世の中で通用しない。
キブツ革命は急速に進んでいるが、ぬるま湯につかっていた人々は、
その変化に対応することが、苦痛でしかない。
私にとって、働かなければ生きていけないと言う状況は、当然である。
しかし、キブツの人々はたとえ働かなくとも、寝る場所・食料・水はあるのだ。
やはり、間違っていると思う。
旦那のレゲブは生まれも育ちもキブツである。
彼もキブツのぬるま湯に浸っている者の一人だ。
どれほどの人々が、明日の食べ物のために働いていることか、
どれほどの人々が、今日の寝る場所のために働いていることか、
レゲブは、知っているが、わかっていない。
幸せ者と呼ぼう。
今の私の立場は、最低賃金より最低の賃金で働く、不法労働者並みの扱いだ。
労働VISAがあっても、所詮は非ユダヤ人の外国人労働者。
立場は弱い。
しかし、給料をもらって働く場所があるだけでも幸せだ。
今の自分の立場は心得ている。だから、無理はしないし、地道な努力を続けるのみだ。
どんな状況でも自分自身を進歩させていくことが出来なければ、
たとえより良い環境になったとしても、進歩していくことは出来ない。
そう考えて、コンタクトの工場の話は断った。
食堂のボスが私を必要とし、私はここで自分自身を発展させることが、今は必要だ。
あれこれと、選り好みしている余裕はない。
食堂のボスに恩を返し、ボランティアでお世話になったキブツに恩を返したい。
食堂はキブツの象徴である。
そこで働くことでキブツに恩が返せるなら、喜んで働く事が出来る。

 
2003-12-08
久々だねー。
BBには書き込みしていなかったけど、仕事を始めてからというもの、
なんとなく疲れていて、更新する気力に欠けていた。
仕事といっても食堂の仕事だから、特別何!?ってわけじゃないけど、
肉体労働・長時間のため、体中がギシギシなんだよね。
年だねー、まったく。
食堂のボスはボランティア時代からの恩人で、
本人はそんなつもりはなくても、何かとVISA関係で助けてもらっていた。
今は給料をもらって働いているから、もちろん私にも気合が入る。
ボスも私のことを非常に買ってくれていて、
いつ閉鎖されるかわからない食堂を盛り上げるための彼独自の構想に、
私はなくてはならない存在らしい。
私としても恩を返すつもりで、骨身を費やして働いている。
そ・れ・が・だ・・・・・・・・・・
私宛に、好条件の仕事の話が突然降って沸いてきたんだよね。
キブツの工場での仕事で、ちょっぴりインテリ系のラボラトリー。
キブツが存在できるのも、この工場の成功があってのお話で、
キブツ革命の中、みんなが工場での仕事をほしがっているんだよね。
そりゃ、保障があって、給料しっかりしているとなれば当然の話。
そんなラボに欠員が出るから、是非働かないか、というお誘いを受けているのだ。
いい話なんだよ。でも、気持ちよく「ハイ」と返事が出来ないんだよ。
食堂の恩人にとっては、今私が抜けるのは論外のことなんだよね。
工場の仕事を取ることは、恩人を裏切ることになってしまう。
でも工場の仕事は今とらなければ、2度目のチャンスはこないだろう。
その決断を今すぐにしなければいけない状態で、苦しいのだ。
恩人のことを思うと、胸が痛む、非常に痛む。
ぐさっ!!!と、胸を突かれている気持ちなんだよね。
ほぼ決断は決まっている。
私を誘ってくれた人は、「他人は気にするな。自分の将来をかんがえろ!」
と言うが、食堂のボス・食堂の仲間達全てを裏切ってしまう気持ちがする。
2度と会わないって言うなら、薄情にもなれるけど、そこら辺で顔合わすんだよ。
んーーーーーーーーー、くだらないことで悩んでいるなー、私。
きっとこれは、つまらないことなんだな。
でも、私にとっては一大事、深刻な事態なんだよ。
どの仕事を続けているかは、後日報告。

 
2003-11-05
秋だと言うのに、イスラエルは暑い。
夏のような暑さが続いている。
昨年の今ごろは、すでにたくさんの雨が降っていたと思うけどなー。
早速、私の方も体調を崩してしまい、鼻水をだらだらさせながら、
鼻をかみすぎて、鼻の下を真っ赤にして仕事をしている。
天気が良くて暖かいのもいいけれど、ハムシーンの暑さはたまらないよ。
ニュースでは死海の水位が年々下がっていると報道しているし、
この調子で今年は雨が少なければ、水不足も最悪になるんだろうな。
そうそうそれと、今のところお役所関係には用事がないからいいけれど、
イスラエルでは、ストライキが続いている。
毎年毎年、何かと理由をつけて長期ストライキをしているけど、
これは、私には全く理解不可能だ。
財務省のビビ・ネタニヤフを困らせたいのだろうが、困っているのは一般市民のみ。
まったく、分けわかんない国だよねー。
早く雨がジャージャーと降る気候になってくれないかな。
部屋から眺める雨って、好きなんだよね。

 
2003-09-29
5764年の新年が明けました。おめでとう!!
実際、私には実感ないけどね。
例年どうり、りんごと蜂蜜で甘い年になるように祝いました。
レゲブの友人達との、すしパーティーがあったり、
レゲブの兄弟達から、結婚祝のテレビ・電子レンジをもらったり、
何かとHAPPYな年明けだった。

そ・れ・な・の・に・・・・・・
なぜか、私の気持ちは晴ればれとしないんだな。
新年、新年といえば、新たなスタート。
私にとってもすべてがそろい、「さあ、出発」なんだけど、
いまだ、何事も始まらない。
周りからは、「さあ、どうするの?」と、聞かれ、
「んー、まだどうなるかわかりません」と、答える自分が、辛い。
仕事を得ること、改宗すること。
どちらも重要で、どちらも手をつけることができないほど混沌としている。
周りはすべて準備OKなのに、私だけが足踏みを続けている。

一番辛いのは、自分が強くなれないこと、そして、何かを恐れていること。
結婚する前は、すべてを失うことを恐れなかった。
でも、結婚してからというもの、どんどん弱くなっていく自分がいる。
保守的になっていく自分がわかる。
今こそ、強くならなければならない時に、失うのが怖い。
自分が傷つくのが怖い、一歩が踏み出せない。

どうして、こんなになってしまったんだろう?
自分でもわかっている。
甘えているんだ。
結婚したこと、守ってくれる人ができたこと、
物事が始まるかどうかわからない、ぬるま湯の状況に浸っていること。

一人であること、孤独であることは、自分を強くする。
パートナーができれば、より強くなれるはずなのに、私は甘えている。
いや、今の状況にどう対応するべきなのか、わからなくなっている。
はっきり言って、人生への不安と恐怖だ。
弱くなっている自分、甘えている自分への恐怖だ。
強くなれない自分が怖い。
どうしよう、どうしよう・・・・・
このままでは、絶対ダメだ!
自分がダメになってしまう。
そんな気持ちを正直にレゲブに話した。
彼はただ「日本の新年はいつ?その時に日本へ行こうか?」
と、いった。
・・・・・・・・強くなりたい。強くなりたい。

 
2003-09-08
8月28日に結婚披露パーティーがあった。
彼の両親が約2ヶ月間をかけて準備した、手作りパーティーだった。
場所はキブツのダイニングルーム、彼の親族一同ご招待。
私の方は、イスラエルに住んでいる日本人の友人夫婦を数人招待したのみ。
朝からテーブルの準備や花の準備などに追われ、
パーティー開始の8時まで、休まる暇もなかった。

それもそのはず、ちょっと気合を入れて、着物なんぞを着込んでしまったので、
空き時間に「ちょっと横に・・・・」なんて、なれなかったのだ。
日本からこの日のために着物を送ってもらい、
それも彼のお母さんの「日本を強調した何か特別なパーティーにしたいの」
の、一言から始まったものなのだが、私としても、
「それならば、一丁がんばるか!」と奮発し、日本の母もそれに乗ってしまった。
食事にも日本食を取り入れ、イスラエルで出張日本食をしている友人のchizuruさんに、
すしやすき焼きなど、何品か用意してもらった。

招待客が到着し始め、次々と知らない顔の人々に挨拶を交わす。
なんてったって、着物着て、「私が主役です」張りにいるものだから、
次々紹介される親族へは、笑顔を絶やさず、終始良い人を演じていた。
楽しみにしていた日本食も、結局はすし一つを口にするだけで終わってしまい、
全く食べることができなかった。

久々の着物で締め付けられ、お披露目で緊張し、興奮し、
ゆっくり座っている暇もなく、やっと座ったと思ったら挨拶が始まり、
終わったと思ったらダンスタイムになってしまい、
もちろん主役である私達は踊らなくてはならず、その間にどんどんと、
テーブルの片付けが隅から始められていて、結局たべることはできなかった。
普段は踊らないレゲブも、今回ばかりは「嫌」とは言えず、
酔っ払ってごまかして、がんばって踊っていた。

パーティーが終了したのは夜中の1時。(早い方だ)
ヘベレケのレゲブを引っ張って部屋に戻り、興奮状態の冷めぬまま、就寝した。

レゲブも私も、当初はパーティーはしない、と言っていたのだが、
彼の親族に示しがつかないということと、私がかわいそうだということで、
彼の両親による強行パーティーとなったのだが、やってよかった、と思う。
これでやっと彼の家族の仲間入りをしたんだな、と感じるからだ。
親族へ顔見世をし、挨拶をし、親族からも受け入れられたと感じる。
彼のお母さんが私のために一生懸命になってくれことに、改めて感謝だ。
日本人の奥さんをもらった自分の息子、それを喜び、それを強調する。
当たり前のことのように思えて、これって当たり前ではないと思う。
私を快く受け入れてくれた彼の家族に本当に感謝したい。
次は日本でのお披露目だ!

 
2003-08-26
何がイスラエルで恋しいかって、
それはいろいろあるんだけど、やっぱり本屋なんだよね。
イスラエルの本屋は詰まんない。何もないし、まず読めない。
日本で、毎日本屋にいりびたって、雑誌から小説から、何から何まで、
隅々までチェックしていたから、本屋から仕入れる雑学って多かったんだよ。
それがイスラエルに来てからというもの、できなくなって、
1年前の女性週刊誌を手に入れた時なんか、まさに隅から隅まで読んだよ。
整形の広告ページまでじっくりと読んじゃった。

ネット書店は好きじゃない。
やっぱり本を選ぶ楽しみって、手にとって、少し内容をかじって、
眼でみて確かめてから買いたいんだよね。
んーーーーー、本屋がほしいー。
ランダムに眼に入ってくる情報が懐かしいよー。
日本語の活字が読みたいよー。
・・・・・・何でもいいから本が読みたい病にかかってます。

 
2003-08-10
ミホがキブツに戻っている。
(んーーーー、どこまで書くべきか??????)
とにかく、ミホが再びキブツに生息中だ。
私としては、遊び相手が近くにいてくれて、非常にいいけど、
彼女の場合、この状況を楽しんでいられないんだよね。
かといって、何もできないんだから、仕方ないんだけどね。
まー、いろいろとあるわけなんだ、人生には。
彼女の場合は、昼メロの題材としてはうってつけ!くらいに激しいけどね。
一日中、二人でボーとしながら、語ってたりするから、
ちょっと・・・いや、だいぶ怖いかもしれない・・・・

イスラエルにいて、まず最初に覚えなければならない言葉は、「忍耐」。
これに尽きるんだよ。
自分自身でどうにかできるなら、とっくにやってる。
それが、にっちもさっちも行かない、どーにもならない、ただ待つのみ・・・
なもんだから、ホント、キツイんだな。
ミホの今後の展開がどうなるかは、誰にもわからない。
いや、神様だけは知っている、とでも言っておこうか。
それまでに、ミホが壊れないでいてくれることを願おう。
(何がなんだか、全くわからないね、ごめん)

 
2003-07-29
ここ最近、このBBを見てメールをくれる人が増えた。
そのほとんどがキブツに関心があり、ボランティアをしたい、と言うもので、
質問に答えたり、情報提供などをしている。
私としては、これほど嬉しいことはないんだよね。
だれかがイスラエルに関心を寄せてくれる・・・・・・・
なおかつ、イスラエルへ来たい、って言っている・・・
こんな素敵なことないよ。

でもなんで今なんだろう??
イラク戦争も片付き、ロードマップも進行し始めたから、
イスラエルへの関心が増しているのかな???
まさに井の中の蛙で、日本のイスラエルへの関心度がわからない???
でも、少しずつこうして観光客やボランティアがまた増えてくれるといいな。

そして、つい昨日、もう一通メールが届いた。
それはイスラエルに関心があるとか、ボランティアをしたいとかじゃなくて、
BBを読んでくれた人からのメールだったんだ。
これって、違う嬉しさなんだよね。
関心のある人がイスラエル関連のサイトを見るのは当然として、
それとは違い、BBに立ち止まり、BBを読んでくれた!ということなんだ。
わかってくれる?この違い??
思わず感激メールを返信してしまいました・・・・

新コーナー「Nature Land」も順調に進行しているし、
ヤスさんの取材があったりで、結婚後はやっぱり腰の落ち着け方が違うよね。
少しずつでいいから、こうして日本とイスラエルの掛け橋ができるといいな。
これを読んでくれている人、バシバシメールくださーい。

 
2003-06-17
サイプラス結婚も無事終了し、ホッとひと安心。
彼の家族と共に、8人の団体様旅行だったから、結構疲れたけど、
それだけ彼の家族が祝ってくれていると思えば、なんのその。
いくら疲れても、ニッコリ笑顔ですべてを乗り切る。

式の時にふっと、今この場にいない両親の気持ちを思い、
抑えていた気持ちが、両親に対する気持ちが、あふれ出てしまった。
たった一人で結婚式を迎えるなんて、家族も友人もいない結婚をするなんて、
想像もしていなかったよ、かつて若き頃は・・・・

形は違えども、皆から祝福されて結婚できたことは、決して私だけの力じゃない。
本当にいままで、多くの人から勇気つけられ、元気つけられてここまで来た。
VISAとの格闘の末での結婚ではあるけれど、結婚を選ぶも選ばないも私達次第だった。
そして、結婚を選んだ私達は十分にお互いを思いやっている。
愛という言葉だけでは表現できない気持ちが、私達を取り囲んでいる。
はっきりと、ここで言わせてもらおう。

シアワセだよー。ありがとう、みんな。

 
2003-05-28
ミホさんが帰ってきてから、結構楽しい日々を送っている。
なんだか日本人同士で、あれやこれやと文句たれているのが、たのしい。
それには、ちょっと訳がある。
なんと、な・ん・とー、とうとう結婚することになったんだ、これが。
改宗が不可能とわかった時点で、彼が腹を決めてくれた。
おもちゃの指輪だったけど、結婚の申し込みを正式にしてくれた。
これって、すごく私にとっては意味のあることなんだよ。
VISAのために結婚はさせたくはなかった・・・
でも、状況がこれ以上の滞在をゆるさなかった。
なんとなしに結婚の方向に向いていたんだけど、罪悪感があったんだ。
私は日本への帰国覚悟だった。
彼に無理やり結婚させるくらいなら、時が来るまで待っているつもりだった。
突然のおもちゃ指輪の攻撃には、泣けたよ。
「やってくれるじゃないの!色男!」

ユダや人ではない私は、イスラエルで結婚ができないので、
隣の島、サイプラスでの結婚届となる。
イスラエルでは、このサイプラス結婚(非ユダや人結婚)が多いので、
すべてがパッケージツアーになっている。
ホテルと結婚式(市役所+結婚届)がまとめて500ドル!ってな感じ。
6月9日サイプラス結婚決行!
以後、報告をまて。

 
2003-04-07
とうとう、やって来ました、ミホさん。
イラクもフセインもスカッドミサイルもくそ喰らえ!
お構いなしで、1年6ヶ月を経てイスラエル上陸を果たしたよ。
2度の入国拒否を体験し、特別室での監視のもと13時間、そして強制送還。
・・・こんな仕打ちに2度も耐えたあんたは、すごいよ。
それでも、イスラエルに戻って来るんだよ。
イスラエル政府と国民は、こんな日本人がいることを、誇りに思うべきだね。
こんなにもイスラエルを愛しているんだぞ。
世界中から嫌われている、イスラエルを愛しているんだぞ。

でも、わかっちゃくれないんだよね。
これからも、幾度となく無意味な仕打ちを受けるだろうけど、
挫けず、卑屈にならず、愛してしまった以上は、どんな仕打ちにも耐えようね。
今度この国を出て行くときは、俺たちがこの国を見捨てるときだ。

 
2003-03-21
引き続き、戦争中。
改宗の方は、内務省からの許可待ちをして、早2ヶ月。
ダメならダメ、いいならいい、で、どうして返事を即刻出せないかな??
ただ待っている方の身にもなれ!
輪をかけて戦争になったもんだから、改宗なんて2の次3の次扱いだよ。
そうそう、改宗が進まないから結婚話の方が、浮上してきたんだよ。
彼と付き合いはじめて1年9ヶ月。
ユダヤ人になってからの結婚・・・と、意地を張っていたけど、
このままでは、一歩も進むことができないから、やっとのこと彼が腰をあげたんだ。
ところが・・・・・・・
戦争だよ。
書類やらなんやらを準備しようとした途端に戦争でしょう。
大使館は移転しちゃうし、日常業務に支障が・・・なんて言われると、
のんきに「結婚書類作ってくださーい」・・・なんて、い・え・な・い。
「現在非常事態のため、緊急の場合のみ・・・・」だからね。
結婚は、緊急か???・・・違うよなー。
来月のペサハの長期休日に、サイプラスへ・・・との計画だけど、
戦争が長引けば、書類も準備できないから、延期になるだろうし。
んーーーーーーーー、何もかもがうまく運ばないな。
部屋に篭って、ケーキつくりの腕を磨いている場合じゃないけど、
手も足も出ない状態じゃあ、そんなことをして気を紛らわしているより他ない。
ちょっと日本食の恋しい今日この頃。

 
2003-03-20
しばらく、つぶやいてなかったねー。
つぶやきが当たり前になりすぎて、どれがつぶやきなのかわかんなくなっちゃったよ。
何はともあれ、戦争がはじまって、やれやれと言った感じ。
あまりにも「いつ始まるー、いつ始まるー」と言い続け、心構えし続け、
緊張感を保つにも、限界がある、って。
昨日からのここでの会話は、「やっと、始まったね」だよ。
それだけ、感覚麻痺してるんだよ。
これからが本番。気合を入れないとね。
ブッシュの最後通告の日に、母は日本の報道にパニックになり、
即刻、朝の3時に連絡してきた。
「せ、戦争だよ、戦争!危険レベルが上がったよ、帰ってきなさい!」って。
私の方はというと、寝ぼけて「へぇー、そう」
気持ちはわかるよね。家族の気持ちを思えば切ないもの。
でもいまさら慌てても、仕方がないことだと思う。見守るしかないよ。
恐怖はまったくなく、肝が据わった感じ。
この国で生まれ育った人々は、本当にまったく普通なんだよ。
いつものことだし、何かが起こったときは起こったときなんだよ。
365日戦闘状態のこの国で生活をしている人たちだもの。
想像できるかな?異常な世界だよ。

ミホは、イスラエル上陸を間近に控える中での戦争勃発で、どうするのだろう?
だいたい、入国できるのか?
戦争フォトグラファーのヤスさんは来るのだろうか?
3月からのULPANを望んでいた茜さんは来るのだろうか?
日本人妻たちは、まだここに残っているよ。
私と違って、家族を持つ彼女たちは、もっと複雑な気持ちなんだろうな。
ささやかに,私たちは元気付けあってこの場を乗りきるさ。

 
2003-01-01
明けまして、おめでとう。
何の情緒もないイスラエルの新年を迎えるようになって早3年。
やっぱり寂しいね。
ULPANは最後の一月を向かえ、テストの準備に入って、皆疲れてきている。
尚且つ、警察介入の一騒動があって、クラスは全く覇気がなくなっている。
20人以上いたクラスが今じゃ数人しか顔を出さなくなってきた。
実際、私もかなりお疲れ・・・・・・・
上達する人はどんどん上達し、4ヶ月前には全く喋ることができなかった人が、
なんともヘブライ語を操るようになってる。
それに引き換え私ときたら・・・・・・言語の才能がないんだな。
読み書きはクラス一番でも、話すことになると・・トホホ・・なんだよね。
まったく・・・・・・嫌になるよ。
言語の習得って、喋るしかないんだよね。
それが私の性格と来たら、「沈黙が美」の禅の世界だから、
なんとも苦労するのです。
わかっていてもなかなか、無駄口がたたけない、っといったところ。
ヨーロピアンの言語の能力には脱帽する思いだよ。
ヘブライ語がヨーロッパ言語に近く、日本語とは程遠いとは言え、
彼らの言語感覚は並じゃないね。平均2・3ヶ国語を操るんだから、当然なのか。
個人の性格も一つの要因だろうけどね。
おしゃべりな奴は、当然言語の上達も早い。
まっ、わが道・・でやっていくしかないね。
早々、ガスマスクの訓練があったんだ。
世界一最新・高性能のイスラエル製ガスマスク!!
なかなかの付け心地だったよ。
人生で、最初で最後のガスマスク装着になってくれることを願うよ。
新年早々、なんとも物騒な話だね。
ともあれ、今年が良き年になるように、心から願って。
今年もBBをよろしく。

 
2002-12-11
テロリストに頼んで、AFULAのVISA担当者のオフィスを爆破してもらいたいよ。
本当に、これほどまでにある特定の人物を憎んだことはないね。
VISAはなんとか取ることができたから、終わりよければ全て良し!
・・・・・・・なんだけど、未だに怒りが収まらない。
どれほどこのVISAに悩まされているか・・・・
久々に、頭真っ白になったね。
いままで覚えたヘブライ語も、全部抜けちゃった。
それほどに、今回のVISAには全精力を使い果たした。
今回のVISAが、ULPAN後の改宗を大きく左右するから、どれほど必死だったか。
もし出国要請のまま出国していたら、今までの改宗準備が無になってしまうし、
再入国を拒否される可能性もあった。
身の縮む思いって、こういうことなのかな?
ともあれ、やっと本題の改宗に話をすすめることができる。
確実に一歩前進だ。

 

 2002-11-13
違うラビから推薦状をもらうために、会ったんだよね。
始めはあまり感心のないそぶりだったんだけど、ある第3者がそこへ現れ、
話をポンッポンッとまとめて、見事に推薦状をGET!
その第3者(Aさん)いわく、

「我々はあなたの手助けをすることができるし、手助けすることをとても光栄に思う。
しかし、改宗するということは、100%あなたの意志のみで成し遂げられるものだから、
その過程においては誰も手助けはできない。あなたの強い気持ちが必要なのだよ。
それを踏まえてもなお、あなたの気持ちが確かなら、誰がそれを阻止できるだろうか?」

まさにその通り!!
やっと話のわかってくれる人と会うことができて、本当に幸運だったよ。
課題どうり推薦状をGETし、果たして今後の動きがどうなるのか?
一歩前進は確かだけど、まだはっきりと結論が出ないのが苦しい。
今は返事待ち。
んんんーーーー、吉と出るかなー?

 
2002-11-01
改宗コーナーにも書いたけど、結局、改宗を受け入れてもらえなかった。
でも100%ダメ!というわけでなく、課題のようなものを出され、
「ラビから推薦状をもらってこい!ヘブライ語で喋れ!
ヘブライ語の文章を作れ!・・・そのあとまた考えよう」ってな、感じだよ。

泣きたくなるくらいに緊張して(実際、道中で泣いたんだけど)、
覚悟していったのに、私よりもどちらかと言うと彼氏のほうに焦点があてられ、
彼氏の方が苦しい状況だったんだよね。
今まで、私だけの作業で彼氏はちょっとお手伝い気分だったようだけど、
これで、彼ももう一心同体になってしまったわけだ。
ラビと彼がヘブライ語で会話をしているから、理解するのは難しかったけど、
大体の話は、「結婚しなさい」と言うよなものだったんだよね。
それはそれで、私にとっては良いことで、彼が何であれ私たちの関係を考えることは、
必要なことだし、もし、彼が「こんな面倒な女とは一緒にいたくない」
と思うんであれば、仕方のないことだもの。
一歩を踏み出して、2歩下がったような気分だけど、
踏み出してみなくては、良し悪しわからないものね。
もう少し改宗に関しては、粘ってみるよ。
ヘブライ語の習得は2ヶ月を得て、改善されているし、私も結構がんばってるよ。

 
2002-10-19
あっという間に肌寒い季節になりました。
雨も降るし、あられも降るし・・・・そうかと思うと、猛暑だったり・・・
おかげで、体調めちゃくちゃだよ。
雨はこの国にとっては、まさに恵みの雨!!たくさん降ってほしい。

今週、重要なミーティングがあり、それによって改宗できるかどうかが決まる。
散々待たされて、こっちは気が狂いそうなるくらい悩んでいるのに、
相手はころころと予定を変えるんだよね。
あっちのお方がたにとっては、私の改宗なんてどーでもいいことなんだもんね。
腹立たしいけど、じっと堪えて堪えて、耐えてみせる!!
私の英語でどこまで説得できるかが問題だね。
10月22日14時30分・・全てが決まる。

 
2002-10-07
ヘブライ語の学習のために9月から5ヶ月間の住み込み集中講座に参加している。
キブツマニアと呼ばれる私も、現在滞在しているキブツには大いに満足してる。
今までいたどのキブツよりもお大きく、
ULPAN(ウルパン)と呼ばれるヘブライ語学校があり、
勿論ボランティアもいて、尚且つお金持ち。
勉強する環境としては申し分なし。
問題は彼氏と離れ離れ・・・これも、ちょっとした遠距離恋愛気分か?
50人ほどの生徒が一緒に生活するとなれば、それは変わりだねも山といる。
話題には事欠かない。
一番の兵士+政治家になりたいアメリカ人、彼氏を探している英語を喋るロシア人、
ユダヤ人になりたい日本人(オレ)、ユダヤ教マニアのスウェーデン人、
親に送りつけられてしまったかわいそうなアルゼンチン人、不気味なウズベキスタン人・・
以外にも、結構皆、真剣にヘブライ語の学習をしている。
一ヶ月経過した現在、そろそろ脱落者も出るような気配だが、さてどうなることか?
改宗に関しては、近いうちに何かしら報告できるはず。
今の所、時を待っている状態。
キブツ生活もうんざりだけど、それでも新しい仲間、新しい人々に会えて、
環境を変えたことで何かが動きはじめているみたい。
決心するまでの道のりは長かったけど、やっぱり行動あるのみなんだわ。
とりあえずは、良かった良かったと言う所。

 
2002-08-17
自分には、まだまだ日本人的な要素が強くありすぎるんだろう。
日本以外の国にいて、日本人としての美徳やつつましさを保とうとしても、無理がある。
可能だけど、意識の違いにただジレンマを起こし、自分自身の首を締めてしまう。
異国において日本人としての民族性を自覚し、それを誇りに思い、
そして意識のギャップに四苦八苦することになる。
特に、ここイスラエルにおいては、日本人のつつましさや奥ゆかしさ、
遠慮がち、調和・・など、いわゆる日本人的要素は全く通用しない。
押しのいって、わがまま勝ち、個人主義、エゴイズム・・・こうでなくては生き残れない。
未だにこれに慣れないのが私。
日本的美徳感は調和、出る釘は打たれる、個性の欠乏・・・
言い換えれば集団主義だけど、悪いことだけじゃないと気が付いた。
日本にいたときは、自分こそ個人主義でエゴイズムの塊だと思っていたし、
集団意識に嫌気がさしていた。
そして個人主義100%のイスラエルで窒息しそうになっている。
日本人的ではダメなのだ。
誰も日本人的な美徳なんて、理解できないのだ。
言ってなんぼ!!言わなきゃ、わからん!
沈黙の世界、沈黙の美なんて、一体何の得になるのだ!!
日本は沈黙の文化、沈黙の美を好とする世界だ。
私はそれが好きだ、美しいと感じる。以心伝心、眼と眼で伝わる・・・
これってすごいことだよ。でも、やっぱり通用しないよ、一般的に。
特にユダヤ人は言葉の宗教であるユダヤ教によってその民族性を維持してきた。
言葉によって語らなくては、何も伝わることなどないのである。
勿論、私は日本人であり、日本人の伝統的美意識を守っていきたい、伝えていきたい。
イスラエルにこれから先もいることになるとしても、それだけは忘れたくない。
ただ”郷に入っては郷に従え”で、”言ってなんぼ”の世界に慣れなくては。
でもやっぱり、”沈黙の美”って美しいよ。
これもいつまで大切に残して生きたい。

 
2002-08-12
ユダヤ教徒になろう!!と決めてから、時間だけが過ぎていき、
何の始まらず、進まず、得ることができないことに、いらだたしさだけが募る。
自分の不外なさにも腹が立つけど、何よりも時間経つにつれて、
不安が大きく、大きくなっていくんだよね。
電話一本かけるのも、余計なことばかり考えて不安になって、やめちゃうんだ。
それに、誰も頼れないし、こればっかりは自分でやらなくては。
そう思いながらも、どんどん弱気になっていく。
正直、真実ユダヤ教を信じることができるかどうかが、問題だ。
信じている振りをすればいい。と言われるけど、ラビはそんなことお見通しだよ。
多くの人の意見を総合すると、以前は、改宗といっても今ほど厳しくなかったそうだ。
勿論、大変なことには変わりないけど、先ず始めの一歩が容易だったらしい。
私なんて誰に電話してもたらい回しにされて、
いつまでたっても肝心な所に手が届かない。
尚且つ、今は非常に厳しくなっていて、なかなかお許しが出ないとか???
全て人から聞いた話で、それぞれがいろんな違うことを言うので、
一層私の恐怖感は増す一方で、頭の中がどうしよう、どうしよう、とパニックっている。
生の改宗体験記をお知らせできるのは、果たしていつのことになるのだろう????
こんなに思い悩んでると、イスラエル流「心配するな、なんとかなるって!!」
という言葉すら、心の中を素通りしていってしまうよ。
明日は、もっと勇気をもとう!!

 
2002-08-06
不思議だ。
どんなに不安になっても、迷って自分の気持ちに自信がなくなっても、
そして友人から「なぜ、そうまで苦しんで、拒絶されても、イスラエルにいるのか?」
と、聞きたくない真実を突きつけられても、
いつも頭の中は、イスラエルで生活していくことを考えている。
誰もがそれぞれ、その人に合った環境と生きがいというものがあるのなら、
私のそれは、やはりイスラエルなのだろう。
そうでなければ、今までの全てのことに納得ができない、救われない。
これほどにこだわる何かが、私の中に内在している。
でも、こだわり続けることに意義はあるのだろうか?
全てが無駄だとしたら・・・・・・・・??
怖い。考え始めると身が縮む思いがする。
まるで悪夢を見ているような、気分になる。
こんな時、人は何にすがるのだろう?
私は何にすがるのだろう?
もう、自分自身を信じているだけでは、キツくなってきた。
だからと言って、神にすがる気持ちは毛頭ないが、ユダヤ教徒になることを考えている。
いやすでに、決心をしたと言うべきかな。
以前からこの国にいたいなら、なるべきだと知人から言われていたが、
決心がつかなかった。でも、恋人との一件で、決心がついたんだよね。
宗教を信じることに抵抗はあるし、怖いよ。
なんだか自分が自分でなくなるような気持ちがして、今の所ヘビーだけど、
きっとなんとかなるよ。
もしかしたら改宗を受け入れてもらえないかもしれないしね。
それについては今後の報告をお楽しみに。

 
2002-07-07
気が付けば、今日は七夕・・・・・・
全くの個人的なことなんだけど(いつもか・・・)、恋人話させて。
彼(イスラエル人)とは一年の交際で、同棲中なんだけど、
いろいろ私の苦しみの種なわけだ。
その彼が最大の苦しみをくれた。
勿論、彼はユダヤ人。
今までは、自分がユダヤ人でないことをなんとも思わなかったけど、
私のvisaの問題で結婚話を出したとき、はっきりとした。
「結婚はまだ当分しない。そして子供はユダヤ人でなくてはいけない」
ユダヤ人ではない母親から生まれた子は、ユダヤ人ではないんだよ。
だから、ユダヤ人でない私とは何も将来性がないんだよね。
ユダヤ人になることは可能だけど、なんだか大事な何か信じていたものが壊れた。
今までなんだったんだろう?
ユダヤ人でない私を何と思って一緒にいたんだろう?
そう考えると、今までの苦しみが全て解明されるよ。
口下手も結構だけど、始めに言うべきことじゃないかい?
「ユダヤ人かどうかなんて関係ないよ、君が君であれば」
なんて言われて、結婚したカップルもいる。
彼の言うことに反論はないよ。
だって、彼はユダヤ人だし、それこそがこの民族が存続してきた所以なんだから。
ただね、なんだか自分の気持ちがわからなくなってしまったんだ、彼に対する。
いろいろなことが重なっているから、なおのこと彼への不信感が沸いてくるんだけど、
このままの気持ちで、一緒にはいれないわ。
恋愛なんて、どうしてあるんだろう?
私には苦しいことばかりだよ。
そして、自分のバカさ加減にも、嫌気がするよ。

 
2002-07-03
古きキブツ仲間のT(初代日本国大統領になる男)が、
エジプトから再び(一ヶ月ぶりに)イスラエルに戻ってきて、
テルアビブの「ハヤルコン48」に巣くっている。
こうやってイスラエル好きな奴が、戻ってくれるのはマジで嬉しいよ。
今回も会いに行って、ビーチ沿いをビールと共にブラブラとした。
エジプト話やアラブ話、はたまた新作「スターウォーズ」話など、
そうそう、恋愛相談までね。
ともかくよき旅を続けて、また戻ってきてよ。

 
2002-06-20
この国で、3度目の誕生日を迎えた。
毎年、違う状況になっていて、記念すべき30年目の誕生日は、
・・・・・とても暑かった・・・・・・
「30までには、30までには・・・」って、
いろいろ複雑な気持ちが、かつてはたくさんあったけど、
実際になってみると、たいした違いはないんだね。
「30年生きてきたのかー。どうだったかな?」
「今後の30年は、どう生きていくんだろう?」
そんなくらいにしか、思わない。
女にとって、30歳って、なんだか禁句のような言葉だけど、
そんなことを気にしながら生きていかなくてはならない生き方は、
したくないよ。
一年、一年、年を取るたびに、イイ人間になっていけたら、
それでいいさ。
つまらない事を気にしながら年をとっても、イイことないもの。
心が若ければ、年なんて関係ないさ。
(これって、・・・負け惜しみ・・)

 
2002-05-29
ミホへのセレナーデ・・・
ミホが不法滞在により強制送還させられて、6ヶ月。
そして昨日、再びイスラエルの地へ戻ってきたが、
空港の外に再び出ることは・・・・・・できなかった。
勿論、こんな状況になるかも知れないと、予想はできた。
でも、ならないかもしれないの方に、賭けたんだよね。
日本行きの航空券を買わされ、空港の一室に監禁され(要確認!!)
ミホは、どんな思いで今日、日本行きの飛行機に乗っているのだろう????
想像するに、空虚なんだろうな。
それにしても2度、同じ国から強制送還されるって、何よ!!
つくづく、ミホは大殺界なんだな。
同じ志を持つ同士の到着を、どんなにか待ち望んでいたか。
イスラエルが好きで、ただそれだけでいる奴。
この国にどれほど不法滞在の奴がウヨウヨいることか。
その中でどれほどの人が、ミホ以上にこの国のことを好きか?
そんなイイ奴が、どうして入国拒否される!!!
何を行っても始まらないけど、心から、本当に残念だよー。
一緒にアラク飲みたかったよー。

 
2002-05-01
3度目の正直ならぬ、4度目の狂気??になってしまった。
今回の道のりは長かったし、引き返そうとも思ってしまった。
心配していたセキュリティーチェックは厳しくなく、意外とすんなりと事は運んだ。
キブツに到着するまで、なぜ再び来てしまったのか?と問わずにはいられなかったよ。
実際は、今でも何を求めているのかはっきりとしないで困っている。
日本にいたときは、ここに戻ることが目的だったし、そのことだけで頭がいっぱいだった。
その先までは、考えてなかったんだよね。
なんとかなるさー、くらいの心境だった。
だから、今なんとかしなくちゃいけない!!
居心地の良すぎるキブツで、とろけている時間は無いはずなんだ。
嬉しかったことは、キブツの人々が私の帰りをとても喜んでくれたこと。
うれしーよねー。
ボランティアは5人しかおらず、増える見込みはゼロ。
私は可能性とチャンスを求めて、藁をもつかむのさ。

 
2002-04-21
ありがとう。
やっぱり、そんな単純な言葉しか言う事ができない。
力づけてもらい、叱咤・激励をもらい、嬉しかった。
帰国したことを、後悔もしたけれど、何一つ無駄はなかった。
今の時点での決断が、どんな結果をもたらそうとも、それは自分の責任。
たくさんの釘も刺されたし、一言一言に苦しくもなった。
逃げ出して、消えてしまいたくなる時もあった。
自分で決断することを誰かに責任転嫁したかった。
時はあっという間にきてしまう。
明日から長い道のりで、イスラエルへと再び戻る。
不安だらけの心と共に。
親友と、湯につかりながら自らの気持ちを語ったこと、
毎日の家族との晩酌、愛犬との散歩。
答えは未だに無いけれど、今は無心だ。
仕切りなおしだ。
ありがとう。気持ちをありがとう。

 
2002-04-12
泣いた。声を上げて泣いた。
悔しくて、自分の弱さが悔しくて、泣いた。
自分の甘さに吐き気がするほど嫌気がして、泣いた。
日本への帰国は、ただただ自分との戦いだった。
これからのこと・・・、確約・・・・そんなもの一つもない。
自分を信じること、正しいか間違っているかなんて、わからない。
誰が先を読める?
イスラエルへ戻ることが不幸なことなのか?
全てをあきらめて日本に残ることが幸せなことなのか?
後悔する生き方はしない。
それには自分の意志を信じる、強い心が必要だ。
泣いてなんていられない。
もう泣かない。
苦しみで吐き気がするほど、辛くても、決して人前では泣かない。
たとえ、自分が選んだ道が愚かな事であったとしても、
自分でくだした決断で、後悔はしない。
泣くもんか!!!!
ちくしょーーーーーーーーーーーーー!!

 
2002-03-01
とうとう、追い込まれてしまった。
決断は日本へ一時帰国すると言うこと。
visaが切れる・・・・この事態に私はいったい何ができるのだろうか?
不法で滞在?・・・・それで問題が解決されるの?
visaのことだけでなく、いろいろと私的に「息詰まる」所まできてしまったので、
ここは意地を張らずに、一番会いたいと思う人々に会うことが、
何よりもの心のリハビリになるだろう。
一年ぶりの帰国。
たったの一年・・・と思うけど、この一年は私には3・4年にも感じるくらい、
悩みに悩んだ一年だった。
なかなかヘビーなものだったからこそ、一番辛い時に帰国しなかったからこそ、
今、ただvisaのためだけに帰国を決心したことが、悔しい。
そして、晴れやかな気持ちで帰国できないことが、悔しい。
数々の思いをイスラエルに残し、大きな不安を抱いたまま、
日本へ帰国して、どうなるんだろう?
何一つ問題は解決されない。
毎日、イスラエルへ戻る航空券を眺めているんじゃないだろうか・・・?
何度となく、こんな気分を味わっている。
これを最後にしたいと、心から願うよ。

強制送還されたミホがどうやら戻ってくるらしい。(よくわかんないけど)
彼女はいったい何を考えて戻ってくるのだろう???
と、自分のことを棚に上げて、ついつぶやいてしまう。

 
2002-01-31
友人から「What’s new today?」と、毎日聞かれると、非常に困る。
なんて言ったって変化に乏しいキブツ生活、そうそう新しいことが毎日起こるわけもない。
友人に「何でもいいから新しいことをする、新しい発見をする、というのは大切なことだ」
と、力説されると、確かにその通りなんだよね。
と、言うわけで、これから毎日「今日のNEW & HAPPY 」を記録することにした。
そして、毎日その友人に語って聞かせてやる!! 
エイ・エイ・オー!!・・・・・・ってな、気分だね。

 
2002-01-28
ホームページの改革に精魂尽き果てた。
でも、これで新年の再スタートができると思うと気分も上々。
そして今日、とうとうボランティアが二人になってしまった。
ちょっと変わり者のトルコ産スイス人の女の子と私。
この先ボランティアが来るとは思えないから(今日もなにやら起こったようだし)
恐らく最後のボランティアとなるんだろうなあー。
春はもうそこまで来ているのに、私の心はいつまでたっても冬だ。

 
2002-01-08
皆さん、明けました。
世界中が悲しみに包まれ、心の奥底に鉛を抱えていたような気分だった年が明けました。
何も変わらないけど、何か変えたいと思うのが新年。
日本の年越しが大好きなのに、イスラエルでの年越しは味気ないもの。
もっとも年越しの時期ほど、日本や家族を恋しく思うときはないが、これもまた我が選択。
大好きな国で2度も年を越せたことに感謝すべきだね。
母と電話して泣けてくるのも、この時期だからこそ。
皆から心配してもらっている自分が、どれほど幸せ者かも、重々承知。
イスラエルも日本同様、寒波にみまわれ、エルサレム・ゴラン高原・各地が雪。
温かい日が当然のこの国だから、寒さが身に凍みる。
雪国出身の私も、身を縮めすぎて肩が凝って、体中がギシギシ言ってる。
でも、この寒さが過ぎて温かい日が戻れば、
当たり一面が花で覆われるって知っているし、その日も遠くないってわかるから、
この寒さも楽しんでいられる。
一番美しい季節がもうすぐやってくるよ。
ともあれ、今年も皆さん、よろしく。

 
2001-12-18
つぶやき・・・どころか、思いっきり愚痴りたい。
歯が、私の奥歯がなくなったあ!!!!
奥歯が壊れるって、よっぽどのことのような気がする・・・・・歳かな???
キブツの歯医者で全て抜いてしまったけど、これが結構ショックなんだよね。
歯の問題って、海外にいると一番気がかりな医療問題。
保険やら、技術的な信用やらね。
イスラエルの歯医者は様々なタイプがいるけど、
キブツに来ている出張歯医者は信用できる。
イスラエルの医療は日本と同様高水準。
でも、歯は信用できる医者にいじってもらいたい。
とにかく、久々の大治療だったので(治療っていうより抜歯)、痛いのなんのって・・・・
歯茎縫い合わせるなんて人生で始めての経験だよ、それもイスラエルで・・・・
3ヶ月は何もできないけど、その後は差し歯のことを考えなくては。
差し歯・・・・・すごい響きだ!やっぱりショック・・・
イスラエルにいても、こんな時はおかゆを食べているんだよ。
まったく・・・こんな時ほど孤独と心細さを感じる時はないよ。
気持ちが弱ってしまうんだよね、あーん、思いっきり嘆きたい!!
イスラエルの情勢も大変だけど、私自身の状況も深刻だ!

 

 

2001-12-01
昨日、今日と気持ちのいい雨が降っている。
ボランティア旅行のつづき・・・だが、エイラットについては特別なコメントが見つからない。
美しい所だが、単なる観光リゾート地としか、私には思えない。
夕焼けのアカバ湾やタバは美しい。
そして、ほとんどの人々がナイトライフを楽しむのがエイラット。
24時間眠らない町、免税都市、旅行者ばかり・・・・それがエイラット。
ジープツアーやクルージングをして楽しむのも良い。
キブツを出て、エイラットで働く若者も多い。
皆クルージングの船に住み込みアルバイトをするのが、常らしい。
そこら辺の人に「仕事探しているんだけど・・・」と言うと、大体船での仕事にありつける。
内容は清掃が主な仕事。そして食事を作ったりお客の世話をしたりらしい。
船の甲板で生活し、シャワーは泳いで済ます・・・大体1・2ヶ月働いてどこかへ移動する。
友人にもこの仕事をした奴がいるが、結構楽しいと言っていた。
ボランティア旅行では、夕日クルージングとジープツアーをした。
まさに北の端から南の端までの旅で、バスでおよそ7時間の旅だった。
なぜかバスの中で、松田勇作の「ブラックレイン」を見てしまった。

 
2001-11-20
ボランティア旅行があった。
これで何度目の死海・エイラットへの旅行だろう・・・・
マサダ(MASADA)にも何度となく登っているし、朝日を見るのも恒例になってしまったな。
今回は、死海では浮かなかったけど、フっと死海を眺めながら思ったことは、
「随分と小さくなったなー、10年前の死海は大きく感じたのになー」ということ。
実際これは深刻な問題なんだよね。
海面下400M・塩分35%の世界で最も低地に存在する塩水湖。
死海エステとしても知られている、イスラエルの観光の目玉でもある。
それが、年々水不足で小さくなっている。
海底トンネルでトルコから海水を運ぶ・・なんて計画もあるようだけど・・?!?
明らかに小さくなっているのが分かるんだよね。
そんな死海を眺めながら、小さな頃に「エメラルドブルー」という色に、
とても心惹かれていた事を思い出だした。
絵の具の「エメラルドブルー」を大切にしていたことを、思い出した。
なぜだか分からないけど、この世の色とは思えなかったんだよね。
その「エメラルドブルー」が、輝いて存在し、目の前に広がっていた。
いつの日か、この死海が存在しない日が来るのだろうか?
そんなことを思いながら、死海を後にした。

 
2001-11-08
昨日、最高に美しい光景を見た。
空気は透き通り、遠く家の窓までみえるほどにクリアーだった。
雲は芸術的センスでその位置をなし、緑は濃く、秋の色を織り成す。
海は青く、船の帆も波も全てが調和している。
日光は穏やかで、気持ちを和やかにしてくれる。
本当に、完璧な調和だった。
夕日は、雲と調和し、美しさの絶頂だった。
こんな光景を見てしまったら、やっぱり離れられないんだな。

 
2001-11-03
日々が過ぎていく・・・・・・・
ミホは別の住み込み先へと移っていき、今はどうしているんだろう?
果たして、こうして踏ん張っているけど、いいんだろうか・・・?
・・・・・・と、考えずにはいられない時が時々訪れる。
こんな時が一番、へこんでしまうし、孤独を体いっぱいに感じる時だ。
困ったなあー、今回はどうやって回復しようか?
絵手紙を書いたり、絵を書いたりすると、気分も晴れるんだけど・・・・
それも効かないとなると、本当に困ったぞ。
些細な喜びが一つでもあると、コロっと気分なんて変わるもんなのにね。
喜びを見つけに行ってこよう!

 
2001-10-27
なんといっても、寒くなったよ。
雨は降るし、震えるような寒さが始まった。
木々は紅葉し、秋と冬が一度にやってきたような気分だ。
雨が降ると、人々は喜んで外へ出て雨の恵みを楽しむ。
この国にとっては雨はまさに天からの恵みだもの。
そして、空の色が変わった。
夕日が美しさを増した。
私は冬の夕日が一番美しいと思う。
光が雲に反射され、言葉には尽くせない楽園の色を作り出す。
そして、それが地中海に反射し、まさに神様でも降臨してくるかのようだ。
本当、是非みんなに見せたいよ。

 
2001-10-23
ボランティアになった初日は、バナナでの久々の仕事でいい汗流したが、
今はキッチンでのお仕事。
野菜をモリモリ切り、ダイニングルームの「今日のおかず」を作るのだ。
数百人分が毎日なのだから、ジャガイモを剥いても剥いてもまだ足りないような感じ。
まさに水と油にまみれての一日仕事だ。
最後には全てのキッチンスタッフを洗い、床を掃除して終了。
ダイニングの食事は、正直言ってあまり評判は良くない。
毎週同じようなものばかりだから、不平不満があっても仕方ないかもね。
私としては、なかなかウマイと思うけど(肉は食べない)、
確かに味にバリエーションがない。

イスラエルでの食事をして感じることは、日本食は芸術だ!ということ。
眼で楽しみ、舌で楽しめる。
なおかつ、味が繊細なんだよね。
んー・・・日本食が恋しくなってきた・・・・・・
納豆が食べたいよー(あれって、繊細な味だっけ????)
日本酒が飲みたいよー(新潟の酒じゃなければダメ!)
きらきらと光っている、コシヒカリが眼に焼きついて離れない今日この頃です。

 
2001-10-18
とうとう4度目のボランティアになってしまった。
本望ではないけれど、今はこれしか手段が選べなかった。
久々に BANANIAN に戻って、太陽の下で無心に働いた。

少しずつだけど、何かが私の中で動き始めている。
この国で、生きていく手段を手探りで探し出し始めた。
何人かの日本人に会い、アドバイスとエネルギーをもらい、決断と行動を分けてもらった。
留まって、考えてばかりいてはダメだ!
とにかく進まなくてはならない。
何ができるか・・・??と考えていると、できない事ばかりの自分が情けなくなってくる。
でも、何かをしなくては・・・?と思うと、やってみる価値と努力を見出すことができる。

「今、この瞬間を生きる。
昨日でなく明日でなく、今日を精一杯生きる。
過去を見ては、進めなくなる。
未来を考えても、進めない。
今、この瞬間こそが、自分の歴史の一歩なのだから。」

 
2001-10-14
昨日、映画を見てきたけど、映画以上に観客が面白い。
映画が始まっても、がやがやとうるさくて、誰かが「静かにしろ!」って言うと、
「シィー、シィー」の連発になるんだよね。
やっと映画に集中し始めて静かになったと思ったら、今度はいいところで休憩時間。
これにはびっくり。
突然カットされ、みんながワサワサと立ち上がり、10分間の中断。
観客はジュースを買ったり、アイスを買ったり、ポップコーンを買ったりなんだけど、
映画が再び始まってもガヤガヤと落ち着かない。
映画の結末は大どんでん返しのハッピーエンドだったけど、
それも、観客の「ワオー」の声と拍手の嵐!
そんな単純明快なイスラエルの映画の楽しみ方を知って、
ますます、この国の人々が好きになってしまった、映画鑑賞でした。

 
2001-10-10
だいぶブルーな気分に突入中。
大切に思っている人との意見の相違や、自分の状況、言葉の壁、誤解・・・
人と人とが、理解しあうことって、本当に難しい。
ましてや、言葉も違い、生きてきた環境も違う。
理解することを止められてしまい、すごく辛かった経験があるから、
私は最後の最後まで、理解しあう努力をあきらめたくない。
忍耐がいるし、簡単なことではない。
でも、相手があきらめてしまったら、どうすることもできないよ。
なかなかどうして、人と人との付き合いって、難しい。

 
2001-10-06
雨だ!雨だ!雨だ!
とうとう、ドシャーアと雨が降ったよ。
夜中の20分くらいだったけど、ちょうどパブの日で外にいたから、
喜びのあまり、雨の中を踊っちゃった。
ドイツでの雨は、冷たく寒い雨だったけど、イスラエルでの雨はまさに恵みの雨。
気候も暖かい上に、スコールのような雨が降るから、幸せ気分になれる。
冬が近づいて来ているよ。

私の状況は、一向に好転していないから落ち込むけど、何とかなるよ。
そう言い聞かせていないと、自分で自分に負けてしまう。押しつぶされてしまう。
誰かがよく言ってたな、「止まない雨はない」って・・・
くよくよ考えても仕方がない!
勇気を出して、気持ちを振るい立てなくてはね。

ミホが住み込みの仕事を辞めて、キブツに戻ってきた。
彼女自身も今後のことは全く未定。ただイスラエルにいたいと思うだけ。
私と彼女の進み方は違うけれど、お互い根性出して踏ん張らないと、潰れちゃうよ。
彼女のことを心配している余裕は、私にはない。
自分のことで精一杯だもの。
「私の前に道はない。私の後ろに道はできる」
ってな、詩を学生の時に朗読したな。
その時は、ただの言葉でしかなかったけど、今は実感できるよ。
その通り!
ただ、歩んでいくのみなのさ。

 
2001-10-03
最近、感動していることは、Guest Book に寄せられるメッセージ。
思いもかけない応援の言葉を受け、本当に感動している。
このホームページは、心底、自己満足のためだと思っていた。
でも、何人かのイスラエルやキブツに興味のある人が、楽しんでくれているらしい。
こんなに嬉しいことってないよ。
自分のやっていることは、ただ愚かなことだと思っていた。
社会からdrop outし、先の見えない茨の道を手探りで進んでいる。
まだ、一筋の光も射してはこないけど、遠く影から言葉をくれる人たちがいる。
それだけで、私はまた一歩進む力を得ることができるよ。
ありがとう、メッセージを送ってくれたみんな。
そして、イスラエルに思いを寄せてくれて、ありがとう。

 
2001-09-30
ここ毎週、祭日があってお客としてキブツに滞在している私はなかなか忙しい。
ボランティア・ハウスの掃除や食料の買出し、ランドリーの整理・・等々。
とは言っても、仕事もせずに毎日いさせてもらっているのだから、これも一つの楽しみ。
最年長の私は、完全にボランティアのおっかさんになってしまった。
見た目は20歳にも満たない彼らと変わらないらしいが、
中身は確実におばさん化している。

明日はスコット(仮庵祭)だ。
茅葺の家を建てて、そこで食事をする・・・ということになっている。
ボランティアハウスの横にも、明日はテントを作り祭りを祝う。
秋の収穫の意味も含むらしい。
そして、陽気もあっという間に秋らしくなった。
日中は穏やかな日が射し、朝夕は肌寒いくらいだ。
いつ頃からだろう・・・雨が降り出すのは?
昨日は気付かないくらいの少量の雨が、5秒ほどあったようだ。
バケツをひっくり返したような雨が降るのは、確か・・12月頃からではなかったかな?
それと、秋の気配は果物にもある。
日本と全く同じ柿が、店に出始める。
味は一品。甘くて素朴で、天然の柿そのものだ。
これもまた、故郷を思うほろ寂しい思いを抱くに十分なものなんだよね。
満月を眺めながら、故郷を思う・・・なんて、臭すぎ!

 
2001-09-25
また一人、最高の友達が国へ帰っていった。
彼女はここに居たくて居たくて、たまらない奴の一人だった。
でも、大学が始まるので仕方がない。
本当に寂しくなるなー。
最後には、私だけになるんではないだろうか・・・・
彼女は、来年奨学金を得ることができれば、ハイファ大学で勉学することになる。
きっと、来年再び会えるだろう。
それまで、私も負けないくらいにがんばらねばならない。

行動あるのみ!
中学生の時の「青年の主張」のようなもので、
確か、そんなようなことを主張してステージで発表したような気がする。
そのまんま、実行していると言えるだろう。

家族が、友人が、皆、心配してくれている。
彼らを悲しませたくはない。
彼らのことを思うと、胸が張り裂けそうになるほど、辛くなる。
連絡を取ることが、辛くなる。
連絡を取れば取るほど、自分のやっていることに疑問を抱いてしまうからだ。
今は、自分自身も耐えなくてはならない時期だ。
そう、言い聞かせて一日一日を過ごしている。
家族の、友人の気持ちに本当に感謝したい。
そして、心からごめん、と言いたい。
心配ばかりかけて本当にごめん、と言いたい。
私はがんばっているから、そして不幸ではないから。
幸せだからね。

 
2001-09-23
しばらくご無沙汰しているうちに、いろいろとあったものだ。
結局は、日本帰国をキャンセルし、VISA取得のためドイツへ一週間の旅をしてきた。
その間に、WTCのテロがあったため、100%旅を楽しむことは無理だった。
一番の懸念材料だったVISAの件がとりあえず片付き、
こうしてキブツに滞在させてもらっている。
今後については、今はまだ検討中。
本当に、この先どうなることやら・・・・・
ミホも、日本帰国は当分先のようだし、私達って・・ばか!ばか!ばか!だよなー。
でも、この国が好きでたまらないし、例え戦争が起きても、いるに違いない。
仲間をほっておいて、逃げることなんてできないよ。
5762年の新年も始まり、ヨムキプール(大贖罪の日)も水曜日から始まる。
うわさでは、何かが起こる・・・というが・・・・
さてさて、どうなることやら。

 
2001-08-15
このまま、時が止まればいい・・・と思う。
空は青く遠く、木々は緑を誇り、風は穏やかに流れる。
人々は時に身を任せ、穏やかに生きる。
このひと時ほど、あるがままに生きていることを実感する。
自分が自分であることを喜びに思う。
たとえ、明日がどうであろうとも、今を生きていることを幸せに思える。

 
2001-08-13
3時間かけて、エメラルドブルーに輝く地中海を眺めながら運転した。
あー、古巣に戻ってきたんだな。
4ヶ月でたまった荷物は、車一つにすっぽりと納まってしまうものだった。
その多くが、ボランティアへの寄付になるけれど・・・
一週間で、ボランティアの顔ぶれは変わっていた。
もう、私の知っている、一緒にボランティアした仲間はわずかしかいない。
それでも、みんな私を受け入れてくれるし、仲間に入れてくれる。
のんびりとした、安らかな時間が過ぎていく。
ふと、一ヶ月前から停止している日記帳を眺めていて、2ヶ月前の自分に出会った。
そこには、「3ヶ月ガンバってみて、結論を出すぞ!」と、書かれてあった。
そして、5つの目標がかかげてあった。

・絵手紙を書き続けること
・HPを完成させること
・今日を精一杯いきること
・笑顔を忘れないこと
・自分を信じて、自信を持つこと

必死にがんばろうとしていたんだなー。と感心してしまう。
でも、この時に全てはもう決まっていたんだと、今になれば分かる。
自問自答の日々が過ぎ、こうして古巣でけじめをつけようとしている。
不思議なものだ。
古巣での懐かしい日々しか、頭に浮かんでこない。
一緒に語り合ったボランティアは、今何を考え、何をしているのだろう?
笑顔で再び会うことがあるだろうか・・・・・・
もうすぐ、BANANIAN 達が帰ってくる。
炎天下の中、汗だくになって仕事している連中だ。
さあ、ご苦労さん!といってこなくては。

 
2001-08-11
今日がイスラエル一人生活の最後の夜になる。
昨日からミホがいつものようにアパートへ来て、二人でワインを2本空けて、
なんとも複雑な気分で、取り留めのない話をしながら夜を明かした。
部屋の道具は、全てなくなっていて、荷物も整理されていて、
なんとも殺風景な部屋なんだけど、二人でゴロゴロしながら時間が過ぎた。
話題は、エルサレムでの自爆テロ、私が古巣のキブツへ戻ること、イスラエルへの思い、
今後のこと、旅のこと、日本での生活・・・かな・・
ちょうど車もあるし、エルサレムのテロ現場へ行こうと決まり、行ってきた。
そして、大好きなbeit jamar へも行き(イイとこで紹介してるよ)馴染みの修道女と話をし、
「いつになるか分からないけど、必ずまた来るからね」と別れの言葉をのべると、
彼女は「God bless you 」と笑顔をくれた。
全てに対して締めに入っている私にとっては、なんとも神聖な言葉に響いた。
それも神と結婚していて、わたしは神のためにのみ存在するという彼女の口からだから、
なんともご利益があるように思えた。
一つのことを終えるということに、寂しさはあるけれど、それ以上に満足感もある。
何であれ、何かをやったんだもの。
決して無駄では無いのだもの。
必ず、次への、そして私の生きていく上での糧となる。
確信できる・・・・幸せ者だよね。
ありがとう、みんな。
私が苦しい時、辛い時、泣き言を言った時に、励まし、叱咤し、光を与えてくれたみんな。
本当にありがとう。
ありがとう。

 
2001-08-06
週末は友人の居るBeer Sheva で久々に多くの人と交流をもった。
学生って明るくていいね。自分がどれほど暗ーくなっていたか実感したよ。
すしを作ったり、餃子を作ったりのホームパーティー。
楽しかったなー。
またまた、「ここに居たいよー病」が発生してしまい、私を悩ませている。
不動産屋が何人かアパートを見せるために連れて来ているけど、決まるのかな?
そろそろ本格的に撤退の準備に入っているし、明日はエルサレムへ別れを告げに行こう。
感傷的になっているね、これは。
そうそう、どうやらミホも一時撤退をするらしい。
お互いいろいろあったね。
楽しいことも、辛いことも。
でも、これが最後じゃないよ。きっと笑顔でまた訪れるさ。

 
2001-08-01
ここ最近、キブツとアパートを行ったり来たりしている。
めまぐるしく自分の状況が変化しているし、キブツの仲間が私を待っていてくれる。
こんなに嬉しいことはないよ。4時間なんてへっちゃらさ。
イスラエルを出る決心をしたことや、それにいたる経緯を聞いて、
みんな私を引きとめてくれる。

「キブツに戻っておいでよ、仕事をまた探せばいいじゃないか。
それなら、旦那になる男を紹介するよ。
日本へ帰ったらいつキブツに戻ってくるの?」なんてね。
仲間の顔を見るたびに、キブツへ行くたびに、私の決心は根底から揺らぎ始める。

「イスラエルにいたい、こいつらと別れたくない」
・・・・・・でも、やっぱり無理なんだよね。
考えれば考えるほど、それが分かるんだ。苦しくなるほどに・・・
自分の能力や弱さが分かってしまったら、同じ道を辿る事が怖くてたまらない。

いい経験だったと思うよ、4ヶ月の仕事。
でも、何も整備されていない日本企業だったから、
結局は不法労働の扱いになってしまうけど。
きちんと雇われて働いていたはずなのに、visaも取れず(取ると約束したのに・・)
イスラエルに税金だって納めていたのに、まったくの無意味。
所詮は不法滞在、不法労働者・・・・・・なんだよ、それ!
管理者を見極めることができなかったところに、私の落ち度があるんだろうか?
まっ、全ては過ぎてしまったこと・・・いまさら何を言っても仕方のないこと。
自分の考えが甘かったということかな。
今の状況だと、いつどこにいて、どうなっているか、まったく先が見えないや。
日本へは帰るけど、まだ少し先のこと。
こうしてHPを更新できるのも、いつ中断されるかわかんない。
しばらくは古巣へ戻るけど、気ままな一人旅でどこへ流れていることか・・・

部屋がどんどん殺風景になっていく・・・・・・

 
2001-07-24
夜は熱帯夜だった。加えて蚊にもやられた。
寝た気分のしない睡眠明けだったけど、朝は涼しくさわやかな空気だった。
このHPを見てくれた仲間から感想がくると、なんだかうれしい。
気恥ずかしくて・・・照れるよね、やっぱり。ありがと、みんな。
予定ではあと一ヶ月ほどのイスラエル生活を、少しでもHPに残せたらいいな。

今では一日も早く会社に「さらば」と言ってしまいたいほどだけど、
感謝してるんだよね。短かったけど夢を実現させてくれたし。
ただ時期も悪かったし(私の入った)、会社経営も問題が多すぎたみたい。
社長は出直すために私に残ってほしい、と言うけれど無理だね。
あまりにリスクが大きすぎる。(社員がみーんな辞めちゃった)
この先、苦労することが目に見えている社長には悪いけど、
それは自業自得だから、私を巻き込まないでね。

バナナが恋しいな。
汗をダラダラ流しながら、水をガブガブ飲みながら、仕事がしたい。
詰まんないことを言い合って、叫んで、笑い合いたい。
辛くてもいいから、そんな仕事の喜びがほしいな。

 
2001-07-22
毎週のように泊まりにくるミホが来ないと、寂しい週末だった。
酒を飲み、愚痴を言い合い、笑い、自己分析をし、涙する・・・・
熱~い仲間なんだよ。
イスラエルから撤退すると話をしたとき、涙してくれてサンキュ。
(7割くらい)私との出会いでイスラエルにはまってしまい、
たくさんいろんなことがあって、強く、強く、つ・よ・くなっていくミホ。
私はへこたれてしまったけど、ミホには納得のいくまでやってほしい。
勝手だけど・・心から応援するよ。

一日一日、気持ちの整理がついていく。
走馬灯のように(ベタだねー)イスラエルの日々が頭をよぎる。
これって本当なんだよね、別に死ぬわけじゃないけど・・・・
残りの日々をどうやって過ごしていくかだね、問題は。
仕事なんかドッカーン!と捨ててしまって今すぐバックパックを背負いたい。
路上で絵手紙・・なんてのもいいね。
ささやかな夢を見ながら、今日も明日もがんばるのさ。

 
2001-07-18
もう、悪魔のささやきは辞めてほしいなー。
せっかく決心したのに、また、思考が迷宮に入っちゃったよ。
それも、入り込む隙があるからなんだろうけど・・・・

「あなたは大変なことに出会ったとき、逃げる人?立ち向かう人?」

・・・逃げる生き方はしたくないと常々思っている。
でも、立ち向かうにもその対象によるよ。・・・自分の優柔不断さがいやになってくる。
10年後の自分を賭けることができるほどの価値がこの会社にあるのだろうか?
イスラエルにはいたい。でも、信用できない会社にいることはできない。
結論はこんなにも簡単なのに、何を迷っているのかな。
やっぱりイスラエルへの未練・・・それしかないね。
んー、私って本当に自分であきれるくらいに、苦悩好き・・なんだな。

 
2001-07-11
HPができたのはいいけど、どうやって更新していこうか考える。
当初の予定では、イスラエルに長く滞在する、もしくは住む。はずだったから、
イスラエルでの生活を記録していこう!と考えていた。
でも、どうやらイスラエルに住む可能性はなくなってきたらしい。
否、近いうちに帰国となるだろう。苦しいなー。なんだか切ないなー。
どんなに思っても、思い描いても、私の思いはイスラエルに通じてくれない。
今度こそ、思いがかなった!と喜んだのも束の間、あっけなかったな。

まだ、思いが足りないのかな?
とにかく、決断してしまった。(させられたのかもね)
会社の残務整理をしたら、そしてアパートを引き上げたら・・・どうしよう・・
まだ、気持ちの整理がつかないらしい。

朝、夕、アパートからの美しい眺めと青い空を見ながら、考える。
「さて、今日をどう過ごしていこうか」と。

 
2001-07-07
とうとう作ってしまった、HP。
誰のためでもない、自分自身のためだけに。
思いを吐き出すかのごとく、自己満足のためだけに。

イスラエルに取り付かれ、こうして20代の後半を、全てイスラエルに注いできた。
今もそれは続行中ではあるけれど、思いは複雑。

イスラエルを愛し、キブツを愛す。

そして、青い空。どこまでも続く、青い空。

焼けた大地。岩砂漠。

キブツでの人々との出会い、別れ。

全てが、私を捕らえて離さない。まるで夢の中にいるような気分。
そろそろ、夢から覚めなければいけない。現実を見つめなければいけない。

ともあれ、今日も青く広がる空を、見上げよう。

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つぶやき」への2件のフィードバック

  1. こんにちは、恵子?
    私は今、イスラエルと実際の実質の近くにあります。
    ロシアに出張に来てすでに3ヶ月住んでいます。
    海外出張に行くたびにいつもHanita楽しい時代を覚えています。その時代の人々と一緒に時間を過ごしてほしい。
    健康で幸せしてください。

    • Uk、コメントありがとう。
      日本語がうまくなって、びっくりしました。もしかして、ロシア語も話せるのかな?イスラエルは新年です。Hanitaも変わらずです。体に気を付けて、UKの活躍を祈っています。

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