Go Japan プロジェクト

5777年目のユダヤ歴新年を無事迎え、本日は、断食して粛々とお祈りして、神さんからの通信簿を受け取るヨム・キプール(贖罪日)のイスラエル。この日は、交通網が全ストップの為、道路は子供たちの自転車場と化し、なんとも平和な一日となります。

さて、ダラダラと時間をかけて進めていたプロジェクトが、ようやく形となったので、ご報告させていただきます。

img-gjshop2  img-gjshop3

その名は、GO JAPAN。( www.gojapan.co.il
私とヤナが共同経営する「イスラエルで日本を発見する」をコンセプトとした、情報サイトと日本の商品を販売するオンラインショップです。そして、Hod HaSharon(ホッドァシャロン)という街に、小さなお店もオープンしました。

このプロジェクトの始まりは2年近く前にさかのぼるのですが、その時は私も他の仕事をしていたり、あれやこれやと理由があって停滞したり、で、結局どうするんだ?!と葛藤したりと、一年半ほどは無駄に時間が過ぎていくばかり。そして、この期間は家族や周りの環境も含め、心身ともに非常に厳しい時間でした。否、この時間があったから、こうしてプロジェクトが始動したとも言えますね。前進するしか、道がなかったのですから・・・

もちろん、サイト作成から店のオープンまで、経営経験のないド素人の私とヤナに、無理やり、考える余地もないほどに、強引に道を作ってくれた人がいたからこそ、今があると言えます。最高のご縁をいただいたことに、心から感謝です。

10月22日、テルアビブ郊外の街に正式に店をオープンし、少しづつですがお客さんも来てくれるようになりました。来てくれるみんな、日本が大好きなイスラエル人です。もう常連さんもできました。なんだかわからない店に、アジア人が一人座っているなんて、きっと入りづらいでしょうね。

img_0215 
(photo by Nitzan)

でも、日本が大好きな人、何の店がわからないけど興味本位で入る人、素敵なものが目に留まって入ってくる人、単にアジア人と話がしたい人、来てくれる人は様々ですが、皆、一度お店に入ったら、最高の笑顔でまた来てくれる人達ばかりです。そして、日本に関わる専門店ができて、日本人といつでも話ができる場所ができて、最高に嬉しいと言ってくれます。

日本の伝統工芸品、デザインもの、インテリア、食品、オタクものも含め、ジャンルを問わず日本の良いものを、イスラエルに紹介していきます。そして、GO JAPANがイスラエルと日本の架け橋の一つなることを野望に、これからも邁進していきますよ。

1156  Japan Premium – www.japanpremium.co.il

ちなみに、共同経営者のヤナは、日本の国費留学生として日本で勉学した経験もある、日本を愛してやまない才色兼備な女性。結婚・妊娠・出産で大忙しな中、プロジェクトに尽力してくれています。(只今、イスラエル人団体を引き連れ、ガイド役として日本旅行中。)

そして私もイスラエル歴25年、ここ数年はかれ落ち葉で、もうイスラエルへの気持ちの高まりはないと思っていましたが、ご縁を得て発憤興起し、第三形態へ突入です。結局は、イスラエルと日本の為に何かしたいという気持ちを、どんなに腐っても、捨てることができなかったという事です。今は、毎日来てくれるお客さんと、日本の話をし、これからの話をすることが、日々の糧となっています。

プロジェクトはまだ始動したばかり。商品販売だけでなく、イスラエルと日本の交流の為に、これから様々な活動をしていきます。乞うご期待!
テルアビブからは少し遠いですが、イスラエルに来る機会のある方、この地域に来るついでの方、いつでもお声をかけてくださいね。

1154

・・・そんな、レゲヴも私も、タマを失った空虚をスポーツと仕事で必死に埋めようとしている、秋の風感じる今日この頃です。

追伸:
今までコメント欄はオープンにしていたのですが、心ないテキストテロが始まった為、コメントのセキュリティーを強化せざる得なくなりました。日本で不特定多数のイベントに出て、ツイートしたのが原因かもしれません。非常に残念なことです。このご時世、アンチも沸かずに、ブログを続けてこれたことが奇跡だったのでしょうね。今までコメントしていただいた皆さん、本当にありがとうございました。

広告

サインフィルドの初イスラエル公演

022

ジェリー・サインフィルドの初イスラエル公演に行ってきました。

チケットは前宣伝なしで発売され、瞬殺完売。その後、追加公演が広報されると、レゲヴはPC前に陣取り、秒速クリックにてチケット購入に成功。これも瞬殺完売により、2度目の追加公演が決定、がしかし、またもや瞬殺完売により、3度目の追加公演が決定。結局、4回の公演となり、話題を盛りに盛ったスーパーセレブの初イスラエル公演となったのでした。

ジェリー・サインフィルドは日本人には馴染みが少ないですが、世界的に超有名なコメディアンです。彼がユダヤ人ということもあり、イスラエルでもスーパーセレブの一人。もちろん、レゲヴはすでに何十回もみた「サインフィルド(となりのサインフィルド)」のDVDを、今でも大笑いで見ています。

さて、私はというと、日本では知る由もなく、正直、言葉の壁もあり、アメリカンジョーク、ユダヤジョークなど、何が面白いのか全くわかりませんでしたが、今は面白いときもあるという感じです。そんな私が瞬殺完売の公演に行くのは、もったいないのかもしれませんね。

021 045

会場はバスケットのマカビーテルアビブのホームスタジアム。(ちなみに、今シーズンのマカビーはトップ16にも入れないという、歴史的敗退をしてズタボロです。)
公演が始まるまでは、フランクシナトラの音楽が流れ、気分はニューヨーク、そしてクリスマス。

さぁ、サインフィルドの登場とともに大喝采です。あのTVで聞きなれたサインフィルドのパフォーマンスで会場はドッカンドッカン盛り上がります。イスラエルを笑いにしたり、ユダヤ人を笑いにしたり、デジタル社会を笑いにしたり、そして、彼自身の妻と子供との生活を笑いしたり、一時間以上を質問タイムも交えて、最高のパフォーマンスを披露してくれました。

040

会場にはTVでおなじみのタレントや政治家などのイスラエル有名人も多く、それも含めて見ごたえがあり、レゲヴも大喜びでした。でも、公演が終わって感想を聞いてみると、サインフィルドオタクのレゲヴには、YouTubeで見て知っている内容の話もあったそうです。デジタル社会というのも、パフォーマーにとっては難しいものですね。

そして、サインフィルドが大好きなレゲヴのプチ情報としては、サインフィルドが若いころに、近くのキブツでボランティアをしたことがある、というもの。なんだか、それだけでサインフィルドが良い人に思えてくるのが不思議です。

サインフィルドの公演とフランクシナトラの音楽で、久々に歳の瀬気分を感じた、青空広がる今日この頃です。

にほんブログ村 海外生活ブログ イスラエル情報へ

ヴィーガン快進撃

vflogoSm  ←これぞ、イスラエルのヴィーガンマーク

アーモンドの花が咲き、真っ赤なアネモネの絨毯ができ、緑が目に美しい冬も終わりに近づいたイスラエルです。

レゲヴがヴィーガン宣言をしたのが、2013年夏。それに呼応するようにイスラエルのヴィーガン・ビジネスは快進撃を見せています。

イスラエルでのヴィーガンブームの始まりは、欧米同様に、PETAの動物に対する権利活動の活発化、イスラエルメディアでの紹介、書籍、有名人、政治家による広報活動の影響に加え、有機栽培食品、グルテンフリー、アンチミルク等の健康食ブームが定着していたことがあげられます。

また、ユダヤ教の食の戒律であるコシェルが、乳製品を一切使わないヴィーガン食を受け入れやすくしていることも考えられます。これは、肉と乳製品を一緒に食さないというもので、すでにイスラエルではコシェル用としてミルクを使用していないチョコレートや、ケーキ、チーズなどが存在していました。

もともと、乳製品OKのベジタリアンであったレゲヴは、チョコレートもチーズも大好物でしたが、ヴィーガン宣言をしてからは、もちろん、高級チョコもチーズも食せません。でも、やっぱり、サンドイッチにもパスタにもチーズは必要だし、チョコレートも美味しいケーキも食べたいのです。2013年は、まだ選ぶ余地もないほどのヴィーガン・チーズしかなく、それも激マズでしたが、今ではスーパーで一角のすべてにヴィーガンコーナーができるほど種類が豊富になりました。そして、十分に美味しくなってきています。

ベジタリアン御用達である、イスラエルが誇る冷凍食品Tivallは、すべての商品に卵を使用していましたが、このヴィーガンブームによって「Vegan Friendly」の商品を次々と販売しています。そして、美味い!

Tivall.vegan

かつては申し訳なさそうにスーパーで埃をかぶっていた豆乳食品のAlproは、ドヤ顔でコーナーを仕切るようになりました。

Soya-original-1L4_316x618

ドミノピザも世界に先駆け、ヴィーガンピザを販売し、カフェもヴィーガンサンドを提供し、ヴィーガンレストランもこの一年で非常に増えました。今では、ヴィーガンメニューがないレストランのほうが、おかしいのでは?と思えるほどのヴィーガン勢力です。

Vega ←これがベスト(ココナッツミルク)。

現在イスラエルでは人口の6%がベジタリアンと言われており、ヴィーガン・ビジネスの中心はテルアビブです。これがただのブームで終了するのかどうかはわかりませんが、一度ヴィーガンやベジタリアンになって、それを数年続けることができると、よほどのことがない限り(健康上の問題など)、肉食に戻ることはないと思います。

私個人としては、過激な活動や、肉を食することを悪とするような過激な論争は、如何なものかと考えますが、動物に痛みを与えること(動物実験)や、無駄な食用、快楽のためだけに殺害(狩り・食用飼育)することが本当に必要なのかは、人間が考え続けなければならない課題だと思っています。

ちなみに、動物実験をしていない商品は、このマークのいずれかが表示されています。

Capture

そんな、レげヴのようには完全ヴィーガンにはなり切れない、臨機応変ベジタリンな今日この頃です。

日本の「(命を)いただきます」の精神を大切にしたいですね。

にほんブログ村 海外生活ブログ イスラエル情報へ

テルアビブのバステロ

先日、テルアビブの中心で、ナイフによるバステロがありました。

通勤時間で込み合う7時30分。テルアビブの40番バスに、パレスチナ人男性がナイフを持って乗り込み、運転手を含む13人を殺傷するテロが発生。犯人はその場に偶然居合わせたIPS(the Israel Prison Service)によって拘束されました。Ynet(英語)

10923718_10152961202118808_8212258806104059846_n

たまたま現場が私の職場のすぐ横であり、その日に限ってバスの運転手が停留所を間違った為に現場のすぐ横に下ろされ、騒然とした状況を見ることとなりました。そばには、ショックを受け取り乱している少女がいたり、救急隊員にケガがないか聞かれたり、特別な朝であったことは、間違いありません。

今回のテロは、犯人である若いパレスチナ人の男性が、TVで見聞きする報道に憤り、何かしてやろうと遠方よりはるばるやってきて、たまたま来たバスに乗りこみ、衝動的に起こした犯行のようです。そして、さすがはイスラエルと言える的確で、英雄的な、二つのテロ対応が話題となっています。

一つは、刺されて重傷を負いながらも安全にバスを停車し、ドアを開けて乗客を逃がそうとした運転手の勇敢さ。発生時は意識不明の重症でしたが、今は容態は安定しているそうです。

もう一つは、たまたま現場近くの裁判所へ行く途中だったIPS(the Israel Prison Service)のチームが、40番バスの後ろについており、バスの不自然な止まり方と、乗客が叫びながら逃げ出す様子から、テロと判断、逃げる乗客を追いかける犯人の足を撃ち拘束する。という、嘘のような本当のヒーロー伝説が起こりました。もし、IPSのチームがそばにいなかったら、負傷者も増え、犯人も逃走していたかもしれません。
Youtube:逃げる乗客と切りつける犯人、それを追うIPS(動画)

毎週のようにバスやレストランでの自爆テロがあった2000年初頭に比べれば、自爆テロは非常に少なくなりました。しかし、最近は見つかりにくいナイフでの殺傷テロが増えてきています。組織的なテロ犯行は、阻止できる可能性もありますが、通り魔的な犯行となると阻止しようがないですね。

この国にいる以上、巻き込まれたくなければ、家から一歩も出るな!それ以外は、何事にも覚悟を持って生きろ、と改めて思う今日この頃です。

にほんブログ村 海外生活ブログ イスラエル情報へ

アイアンドームの活躍

相も変わらず、報復合戦に明け暮れるパレスチナとイスラエル。そして、悪者扱いが板について離れない強者イスラエルと、被害者ぶってやりたい放題のテロ集団・ハマス・パレスチナ。無知な左の平和主義者は、イスラエルにいじめられて、何て可哀想なパレスチナと騒ぎたてる。ついでに、日本の集団的自衛権も引き合いに出す始末。

さて、イスラエルの経済を担う商業都市テルアビブに、連日ロケットが飛んでくるこの状況、迎撃ミサイル「アイアン・ドーム(Iron Dome)」が大活躍しています。性能良すぎです。こんなに信頼できる頼もしい奴はなかなかいません。自衛するということ、国民を守り、平和を維持するということの現実は、イスラエルでは机上の空論ではないのです。

日本では、当然のことのように、反イスラエル一色の報道。しかし・・・

ハマスが女・子供を楯にし、犠牲者を出して、反イスラエルを報道しやすくしていることを知っているのでしょうか?

そして、多くの国民は戦争なんて望んでいないことを知っているのでしょうか?

イスラエル国内でこの報復合戦を止めようとデモをするアラブ人とユダヤ人がいることを知っているのでしょうか?

今回の紛争の引き金になった、パレスチナ人に誘拐され殺された3人のユダヤの少年たち。その報復にユダヤ人によって誘拐され殺された16歳のパレスチナの少年。双方の家族の苦しみと怒りは、計り知れないほど深い。しかし、だからと言って、それを口実に無差別攻撃するパレスチナも、報復攻撃するイスラエルも愚かです。

この数日、地域差はありますが、テルアビブだけでなく周辺地域も、空襲警報が鳴りやむことはなく、慣れていない人には辛い日々のようです。

そんな中、私はランニングを始めました。時に空襲警報が鳴ろうと、日常は日常として過ごしています。子供がいないせいか、怒りも恐怖もなく、ただ空虚なだけ、空しいだけです。戦争への感情は、2006年の戦争でもう味わい尽くしてしまったからでしょう。

怒りさえない、ただの空虚。救いもなく、無感情に続く非日常のなかの日常。そして、いつものように、多くの命を無駄に失い、俺が勝ったと言いあいながら停戦するのが、イスラエルとパレスチナ・・・こんなものに、勝者はない、より深い苦しみが刻まれるだけ。

空は青く、暑い、そんな紛争中の今日この頃・・

にほんブログ村 海外生活ブログ イスラエル情報へ

夢は正夢

IMG_1384 (768x1024)  WP_20140110_12_51_58_Pro (577x1024)
エルサレムに大雪が降ったのは幻かと思うほど、暖かすぎるイスラエルの冬。

さて、先日、大使公邸での新年会に行って来ました。こちらも前回の天皇誕生日パーティー同様、初の招待です。思い返せば、まだ私が結婚する前、あるイスラエル人から「タイシカンのシンネンカイにイッタ?」と聞かれたのが、その存在を知った始まり。そんなものには、一生お呼びはかかるまいと思っていましたが、人生何が起こるかわからないものです。

今回は天皇誕生日パーティーとは違い、ほぼ日本人とそのパートナーという構成だったので、非常にアットホームな会でした。そして、イスラエルでのお正月料理。もう、いつ日本で正月を過ごしたかも思い出せないほど正月から遠ざかり、長い間、一人で正月気分を演じてきた私にとって、これは、ヤバいです。泣いちゃいます。

それも、佐藤大使夫人や大使館関係者の方が、食事やお汁粉を手作りしているというではないですか!聞けば納得の、絶対にイスラエル人シェフでは作ることができない、日本の味とおもてなしなのです。

天候も良く、芝の美しい大使公邸の庭で、おいしい正月料理を食べながら、なかなか会えない北の友人夫婦とゆっくりと談笑なんて、夢のようなひと時。もちろん、日本酒もおいしゅうございました。

そして、新年会には、現在イスラエルへダンス留学中の俳優・森山未来さんもいらっしゃっており、ちょうどテルアビブで開催中だった黒澤清映画特集でトークショーをすると聞いたので、そちらも参加してきました。正直、森山さんのことはまったく知らず、新年会の時は、雰囲気のある人がいるな・・くらいにしか思っていなかったのです。

IMG_1431

映画「贖罪」のトークショーでは、映画で見た役柄と、ダンスの仲間たちに囲まれ、イスラエルの生活に馴染んでいる素の森山さんとの違いに、改めて、俳優さんってすごいなぁ~と、ごく当たり前のことに感心してしまったのでした。

ともあれ、お正月に帰りたい病は、年々増すばかり・・そろそろ、注連縄もかたずけねば、と思う今日この頃です。

にほんブログ村 海外生活ブログ イスラエル情報へ

冥土の土産

7

先日、大使公邸で催された、天皇誕生日パーティに出席してきました。もちろん初ご招待、初参加です。

なぜ、招待状が来たかと言えば、緊急連絡網の班長を引き受けたからです。イスラエルでは緊急事態の際に、滞在している日本人の安否を確認する連絡網があり、私も大使館の方や班長さんから連絡をもらっていました。その班長さんの一人が日本へ帰国される為、代わりを引き受けたという次第。実質、引き受けただけで、まだ何も貢献していないのですけどね・・

さて、仕事へ出かける以外は引きこもり生活の私、こんな大それたものをもらって、いかがなものか?とレゲヴに相談すると、もちろん参加でしょ!と大喜び。いや、でも、礼服もないしね、というと、小奇麗な服装で十分でしょ、だって、ここはイスラエルだよ・・

ということで、当日、高級車や外交官ナンバーの車から出てくる礼服の要人たちが、ゾロゾロと大使公邸へ吸い込まれて行く中、イスラエル的小奇麗な格好の私たちは、引き返そうかとさえ思ったのでした(苦笑)

セキュリティー検査を済ませ公邸に入ると、入り口に天皇両陛下のお写真が飾られ、佐藤大使夫妻と二組の重要な方々が、来客のお出迎えをしておられました。しかし、緊張と、ドレスコード違いと、この御方はだれぞ?というパニックで頭が真っ白になり、挨拶もまともにできずに通り過ぎるという、思い返しても最悪な始まりとなってしまいました。それにしても、あの高貴な御方方は、いったい誰だったのでしょうか?

出席者のほとんどは外国籍の要人、イスラエル政府要人などが3/2、残り3/1が日本人の商社マン、大学関係者、そして、私のような在イ日本人といった感じです。

大使公邸セレモニー 4

式典は、佐藤大使の流暢なヘブライ語の挨拶から始まり、ネタニヤフ首相(Binyamin netanyahu)からのビデオメッセージ、大臣のシルバン・シャローム(Silvan shalom)、オルマルト元首相(Hhud olmert)の挨拶が続きます。さすがはネタニヤフ首相、短く的確な挨拶で、人を惹きつける話術を心得ています。そしてオルマルト元首相は、小泉元首相とのエピソードで、前のシルバン大臣の長くつまらない挨拶を払拭します。

2006年、初めてイスラエルに日本の首相(小泉元首相)が来た、イスラエルにとって非常に重要なその日、ヒズボラが二人の兵士を拉致するという緊急事態が起きる(第二次レバノン戦争参照)。オルマルトと小泉さんの会談中にも、代わりがわり軍司令官が報告に入り、その様子に小泉さんは何か起きたことを察し、その後の会食の予定をキャンセルすることを提案します。しかし、オルマルトは「私はヒズボラに私達のスケジュールの決定権を差し出すことは決してしない。」と言って、予定通り会食をしたという武勇伝。

あの戦争に苦い思い出が多い私には、オルマルトの武勇伝に興味はありませんが、あの始まりの一部始終を思い出し、そして、大使公邸でオルマルト本人からそんな話を聞いている奇妙さに、なんとも言えぬ気持ちになったのでした。

2 特設銘酒コーナー

式典後は食事を楽しみ、特設日本の銘酒コーナーで美味い新潟の酒、東北の酒などを堪能し、10年ぶりくらいの古い知り合いを見つけたり、レゲヴは政府の要人・有名人探しを楽しみ、貴重な経験にお腹いっぱいになって帰宅しました。

かつて、誰にも知られず、自爆テロのバスで、身元不明で死ぬ覚悟を持ちながら滞在していた時を思うと、このように大使館から招待状をいただくことは、非常に光栄であり、ありがたいことです。今日、新潟の母に話をすると、母も同じ思いで感慨深いと喜んでくれました。

イスラエル馬鹿になって足掛け22年、良い冥土の土産ができました。

6

にほんブログ村 海外生活ブログ イスラエル情報へ