Regev in Japan


極東の国、日本。神秘の国、日本。
鬼が出るか蛇が出るか?外人さんいっらっしゃーい!
レゲヴの見た不思議な”ヤパン(Japan)”を紹介。
2007編  ・ 2009編  ・ 2012編・2014編のレゲヴもどうぞ)

 

仲間達レゲヴが日本へ到着するまでの2週間、友人達との交流があった。5年ぶり・・・なんて仲間もいたけど、時を感じないひと時を楽しみ、会いたくて、話したいことが山ほどあった友人とは、5年ぶりの再会に、言葉にならない感動を、涙と共に分かちあった。なんとも心がムズムズする、心地の良いひと時だった。
 

 

浴衣

2004年2月13日、レゲヴ日本初上陸を果たす!ほぼ24時間の旅にもめげず、「Mt.fujiがきれいだった!」と余裕の声。ローマから日本人だらけのJALに乗り、早速「外人さん」気分を味わう。相撲好きの彼のために両国のホテルにチェックインし、朝稽古を見に行く予定だったが、お相撲さんが韓国巡業に行ってしまい、生力士を見ることは出来なかった。私は一足先に帰国していたので、どんな荷物を持ってくるか心配だったが、
案の定、わけのわからない(無駄な)ものを、しこたまかばんに入れてきていた。其の一、かばんの中身半分を占める保冷かばんの中には、なんと・・・・・・保冷剤がごっそりとフムス(ひよこ豆のペースト)2つ??其の二、かばんの残り半分の3分の2を占める、ピタパン??其の三、母親から押し付けられてきたワイン5本が、 外ポケットに・・(割れなかったのが幸運)其の四、チョーぶ厚いハードカバー本3冊。(いったい、いつ読む気なんだ!)なぜ、なぜにこんなものを持ってくるのーーーと、悲鳴に近い絶句・・・をかみ殺し、「大変だったね。ありがとう。」と引きつり笑い 。日本の家族にイスラエルの食事を体験させると言う趣旨だったが、無残にもピタパンは乾燥してカチカチ、フムスは危険度90%、と言う結果に終わり、全てゴミ箱へ直行してしまった・・・かわいそうなレゲヴ・・そこで、気を取り直して、お気に入りのホテル浴衣でハイポーズ。 レゲヴの後ろにチラッと見えるピタパンが、涙をそそる・・・
 

はとバス日本上陸を果たしたレゲヴに、休む暇を与えず、翌日より東京観光開始。「やっぱり、はとバスでしょうー。」と言うことで、初の「はとバス東京半日ツアー」に参加。さぞかし外人さん がいることだろう・・・と思いきや、参加者はみな日本人。「おら、東京 さはじめてだべ」状態。まずレゲヴの目に飛び込んだ、これは何?は、乗車用の足台。「素晴らしい」と非常に興奮していた。そしてバスが駐車しているときのタイヤ留め。バスの中の飲み物入れ。もちろんガイドさんにも注目し、どこにいても手に持っている旗を肩から下げない!と感嘆。春のような陽気の中、皇居観光を終え、浅草へと向かう。
 

 

浅草 地蔵 東京タワー
浅草はいつものごとく大賑わい。たった1時間の自由行動となり、大急ぎでビデオやカメラを取り捲る。浅草名物揚げまんじゅうは「おいしい」、串だんごは「んー・・」だった。どれほど日本情緒あふれる、外人さんにおなじみの浅草を楽しんでくれるか?と、期待していたが、それほどの感激は見られなかった。あまりの人ごみにノックダウン気味となり、ここに来て疲れが押し寄せる。外人さん向け観光Tシャツはいらないけど、記念撮影。母子地蔵になぜ服が着せられているのか?「寒くないように」との日本人的配慮を理解する。浅草の後は、バスでベイブリッジを渡り、お台場を通り過ぎ、東京タワーへ。東京タワーでの1時間は疲労困憊のため、景色など興味なしだったが、お土産売り場には感嘆の声。「日本はどこもかしこもアニメばかりで、変だけど、かわいい」東京半日ツアーが終了したのは4時30分。すでに放心していた。3日間で東京周辺観光を済ませなければならない強行スケジュール。どんなに疲れていようとも、妥協は許されないのだ。
 

 

鎌倉

外人さんが日本を旅するなら、京都はかかせない!はずだったが、スケジュールの厳しさにやむなく断念し、鎌倉へ。鎌倉一巡りの計画を立てたが、2人とも禅寺5件も見る気力はなく、北鎌倉駅に一番近い、円覚寺と東慶寺を散歩し、満腹になる。梅の花が咲くには後一週間・・という残念な結果となってしまったが、日本の「静寂」「わびさび」の精神をレゲブは感じたようだ。鎌倉と言えば大仏は欠かせないので、道々すしを食べたり、 あんまんを食べたりしながら、鎌倉の大仏までのんびりと歩く。日曜日と言うこともあり、大仏は大変な賑わいで、多くの外人さんもいた。東京最後の夜を姉家族と共に過ごし、早めの就寝。
 

 

渋谷駅東京の駅は日本人でも慣れていないと大変だが、レゲヴは大いに楽しんだ。切符販売機に感心し、順序正しく並ぶ日本人に感心し、人の多さに笑い、エレベーターの左側に一列になる常識に感心 し、(その後どこでも左一列していた)電車内のモニターに感心し、携帯のマナーモードに感心していた。(イスラエル人にマナーモードなる常識は一切なし)
 

 

秋葉原 秋葉原
レゲヴの家族から「日本へ行くならデジカメ買って来て」と言われ、免税店と日本の市場調査をした結果、日本で購入することになり、最後の東京観光は、レゲヴのたっての希望で秋葉原へ。マニア向けの怪しいアニメ店や変な横道にある店に興味を示し、「日本人はとっても変だ、面白い」と連発し、秋葉原を闊歩する。わけのわからない建物に人がたくさんいるので入ってみると、そこはなんと喫煙のための建物だった。(これは私にとっても大発見で面白い)もちろんレゲヴは笑いをかみ殺して、記念撮影。(日本人はやっぱり変だ)出発する時間も迫り、ある店でデジカメを2機購入することになったのだが、そこで問題発生。レゲブのクレジットカードが使えない!!レゲヴは「侮辱だ、世界中どこでも使えたのに、日本だけダメなんておかしい」と、大いに憤慨し、「イスラエルの銀行に電話して確認しろ」とまで言う始末。カード以外何も準備していなかったレゲヴは、日本で一切お金を使えない事が判明。このことはレゲヴにとって大きなショックとなり、プライドを傷つけた。結局、秋葉原ではすったもんだの挙句購入せず、一路新潟へ向かった。
 

 

佐藤家兄新潟に到着したのは夜8時。東京とはうって変わって雪国新潟は寒い。今回の日本旅行のために購入した冬用ジャケットが、やっと活躍しそうな気配。家へ向かう道のりで、出迎えようとしていた母に遭遇し、涙のご対面。レゲヴと初めて会う母は、感極まって涙し、レゲヴはどうしたらいいのか戸惑う。家に到着し、家族総出の出迎えを受け、落ち着く間もなくレゲヴをお風呂に入れる(これ、佐藤家のやり方。まずは風呂。それから乾杯。)レゲヴは戸惑いながらも私の言うとおりにし、さっぱりした後に改めてご挨拶。英語の話せない家族なので、レゲヴはひたすら「サンキュー」を繰り返し、
父の日本酒攻めに浸っていた。疲れていたレゲヴは、ある程度の食事とたっぷりの日本酒で酔っ払い、就寝。 翌日から、畳屋の佐藤家は兄がお土産用の小畳を作り始め、 レゲヴは障子や畳の日本家屋に大感激。
 

 

白山神社 燕喜館
日本へ来て始めての、何も予定のない休日。朝は目が覚めるにまかせて起床し、くつろぎながら家族団らん。 散歩がてら新潟の白山神社へ行き、雪囲いやお雛様を見学し、私の庭ともいえる場所を案内しながら、子供の頃の話や、新潟での生活など、私の育った環境をみせてまわり、花も祭りもなく、雪もなく、殺風景な新潟の冬を2人で歩いた。
 

 

豆腐コーナー 厚揚げ
レゲヴは超ベジタリアン。 日本は全て魚や肉のだしを使うので、外食は無理。そこで活躍したのが母お手製の「お袋の味、だし抜き」である。豆腐・厚揚げ・きのこ・ぜんまい・漬物などの食材が大活躍。レゲブは母の作る食事に大満足し、ナスの漬物もバリバリ食べ、厚揚げの煮物は絶叫するほどに大好物となった。イスラエルではトマト・きゅうりなどの野菜は毎日食べており、(安くておいしい)日本できゅうりが一本100円だと言う事を証明するためスーパーマーケットへ。レゲヴは高い野菜などは目もくれず、豆腐・厚揚げコーナーに夢中だった。
 

 

高島屋 高島屋 高島屋 温泉 五右衛門風呂
日本にいるなら是非レゲヴに温泉を体験させたい!ということで、新潟の岩室温泉・高島屋旅館さんにお世話になる事にした。日本庭園・日本家屋の高島屋旅館は、日本人でも120%満足できる老舗の旅館だ。囲炉裏のあるフロントで優雅な気分を味わい、レゲヴは3秒正座で日本人気分。部屋は和室、ヒノキ風呂付で、竹林を見渡せる静寂な空間。レゲヴは他の人と裸になって風呂に入るなんて恥ずかしいと言って、温泉に入ろうとしなかったが、平日で人もいないし、必ず気持ちいいから、と説得し、躊躇するレゲヴを温泉へ連れて行く。温泉の使い方を説明し、私は誰もいない女湯でのんびりと湯につかる。しばらくして部屋に戻ると、レゲヴは初体験の温泉を興奮気味に語り、気持ち良かったー!と大満足。他の男性が一人いたらしいが、問題なし。夕食まで時間があったので、浴衣を着てまだ雪の残る日本庭園を散歩し、レゲヴのために特別に注文した精進料理の夕食を楽しむ。レゲヴはひとつひとつ食事を運んでくる中年の仲居さんを気遣って、「一人で全部食事を運んでくるなんてかわいそうだ」と、しきりに気にしていが、初めての抹茶アイスのデザートを「変な味」と言いながら食べ、サービスと食事に大満足。布団を敷いてくれたり、氷水があったりの、至れり尽せりのサービスにレゲヴはただ感激。何度か温泉につかり、誰もいないところを見計らって、記念撮影。高島屋旅館名物の五右衛門風呂も体験し、レゲヴ特性のベジタリアン朝食を食し、最高のサービスをうけて、レゲヴは日本の旅館と温泉を大いに満喫した。
 

 

割烹慶 上越国際ス��ー場
新潟の楽しみ方を伝授するため、行きつけの店へレゲヴを招待。日本の「飲み屋」を初体験。    カウンターにすわり、旬の食べ物をつまみ、おいしいお酒を飲み、これぞ新潟の味わい方100%の秘訣。ビールに酒に焼酎と、留まる事を知らず、レゲヴはお酒を注がれっぱなしで、ノックアウト。「 もうダメ・・・」と私に告げ、酔っ払いモードになり、家に連れて帰ると、崩れるように寝てしまった。次の日は、スキー場を見たことがないレゲヴに雪体験。春のような陽気に恵まれ、汗ばむほどの暑い日となった上越国際スキー場で、素晴らし雪景色と山々を眺め、スノーボードを楽しむ女の子達からボードを借りて、お子様ゲレンデで、「ボードでお尻すべり」を体験し、絶叫する。スキーもスノーボードもすることは出来なかったが、ミニスキー場体験だった。
 

 

佐藤家親族お披露目パーティーを目前にして、兄弟が勢ぞろいした。横浜の姉家族とは、東京観光以来の再会。小さな家・佐藤家は、人口密度が高くなり、そして酒のみが始まる。何よりも酒好きな佐藤家は兄弟全て酒豪。新潟の酒、〆張り鶴・鶴亀・麒麟山・・・ビールに、焼酎。レゲブもこの相手は大変だったと、後に愚痴る。

 

 

大樹レゲヴは写真でしか見たことのなかった大樹に実際に会い、非常に喜んでいた。大樹もレゲヴも、横浜で初めて顔あわせしたときは、2人共照れていたが、ゲームっ子大樹と、ゲーム大好きレゲヴは、趣味の一致により、言葉の壁を飛び越えて、あっという間に意気投合。大樹はその後、学校で「イスラエルの人レゲヴとけいこの結婚式」を作文にし、みんなの前でスピーチしたとのこと。えらい!
 

 

柊イスラエルにいる間に生まれた、兄の息子・柊は、私にとっても初の顔合わせ。思いっきり泣かれてしまった、それもやむなし。レゲヴは柊と顔あわせしたときに「シュウ!!」と呼び、兄夫婦を喜ばせた。泣いても笑っても、シュウはレゲヴのお気に入り。「かわいい、かわいい」としきりにシュウを気にしていた。シュウの手元にあるのはイスラエル土産。シュウのおもちゃになった。(実際の使用方法は、香辛料を混ぜたり、砕いたりするのです)
 

 

お披露目 佐藤家
今回の最大のイベント、親族お披露目パーティー。レゲヴは着流しを着たが、あまりに似合っているので皆びっくり。レゲヴ曰く、「3度目の結婚式」を日本ですることになる。    (キプロス島・イスラエル・日本)予期せぬケーキカットや、花束など、感動の嵐に包まれたパーティ-で、私は感動して、感激して、泣いてばかりいた。レゲヴは皆に「ありがとう、keikoを大切にします」とスピーチし、最後の娘を送りだした両親も、感無量のようだった。和気藹々の宴会になり、レゲヴはまたもや飲みすぎ。注がれてばかりいるので、お返しと言うことで、皆にお酒を注いでまわったレゲヴは、日本人みたいだった。
 

 

ママチャリレゲヴのお気に入 りママチャリ。快適!と、喜んで使っていた。なんだかママチャリとレゲヴが不似合いだけれども、日本らしくて良し。イスラエルでは、ママチャリを見たことがない。万代橋を渡って買い物に行ったり、映画を見に行ったりして、まさしく日本滞在の外人さんらしくて、なんだかおかしかった。
 

 

回転すしレゲヴの行ってみたい場所NO.1だった廻り寿司。イスラエルのTV番組で見てから、非常に興味を持っていた。実は私にとっても始めての体験。ベジタリアンなので巻き物だけだったが、レゲヴは満足し、日本の食ビジネスに感嘆。同行した両親にとっても初体験で、「寿司も回るけど、目も回る」とため息。次回は本当の寿司屋に挑戦!・・・・・かな?
 

 

おじさんレゲヴのお気に 入りの叔父さん。レゲヴをもてなすために一生懸命だった。親族お披露目パーティーでも挨拶をしてくれて、ある限りの英語を駆使して、レゲヴと交流を持ってくれた。時間がなかったので出来なかったけど、次回は叔父さん特性の料理で、酒盛りになるのかな?(やっぱり佐藤家の酒豪はつづく・・・)

 

 

パチンコ新潟についてから 、「この店、何?」と、興味を示しのがパチンコ。日本のギャンブルだよ、と説明すると「やりたい!」とのこと。店に入り、騒音に驚き、ただ座ってパチンコを眺めている人々を観賞し、いざパチンコ台へ。1000円分の玉をあっというまに使い終わり、おしまい。「つまらない、何でこんなものに日本人はお金を使うんだ?」と、またもや「変な日本」を体験し、「つまらない、理解できない」と連発していた。

 

 

友人達限られた時間の中 で、友人達との交流があった。自宅での夕食会となったが、最後に私の友人達とレゲヴが顔合わせできて、本当に良かった。レゲヴもやっと英語で会話できる人に会えて、ホッとした感じ。それぞれの道を歩んでいる友人達、そしてこれからも歩み続ける私達。いつまでも、気持ちは共にありたいと願う。

 

 

プチボトル久々の日本は、た くさんの事で私を浦島太郎状態にした。こんな小さなペットボトルが売られているなんて・・・、かわいい。レゲヴは「日本は何でも小さくする。こんな小さいの必要ないよ。」と、あきれていた。買ったばかりのおニューのスニーカーと記念撮影。イスラエルじゃ、こんな小さなコーラ、売れないよなー。

 

 

新潟駅 新幹線
とうとうやってきてしまった最後の日。午前11時のフライトなので、新潟を始 発の新幹線で出発。まだ真っ暗な中、母は早朝からおにぎりを私達のために作り、兄は超ヘビー級の荷物を車へ運び、    私は複雑な気持ちで笑顔を作っていた。父に別れを言い「またね、元気でね。」というのが精一杯だった。レゲヴは「Thank you」と言い、私達は駅へと向かった。「今度はいつ帰ってこれるかねー」「ありがとう」「元気でね」「また、おいで、待っているから」「Thank you」そんな言葉ばかりを繰り返して、新幹線の出発を待った。出発合図と同時に、堪えていたものが一気にあふれ出て、もう言葉にならなった。今までの孤独で不安な、当てのない出発とは違う。レゲヴがいて、共に帰らなければならない場所がある。それでも家族や友人に代わる者は、私が帰らなければならない場所にはない。一ヶ月間、心から家族と友人の暖かさと心地よさを味わった。自分で選んだ道とは言え、辛いものは辛い。 

 

空港泣いてばかりもいられない。まだまだ先行きは長いのだ。案の定、チェック インで問題発生。荷物の超過料金8万円!そんな馬鹿な、何かの間違い・・・・・・絶句・・・とにかく数日がかりで詰め込んだ荷物を再び解体し、
機内持込かばんに全て重いものを詰めこみ、なんとかチェックインを通過。レゲヴは呆れ顔で「みんな必要ないよ、捨てればいいよ」なんていうけれど、全て私にとっては必要なもの、漬物ひとつだって、大切なのだ。機内持ち込みかばんの重量は2人あわせて50キロを超えていたはず。レゲヴの抱えているかばんは、軽そうに見えて、恐ろしく重いものとなった。免税店であと少し買い足して・・・なんて私の思惑は消えた・・・2人共、超重い荷物に言葉なし、不機嫌、なんとも先が長く思えた。イタリアでの8時間のトランジットを入れて、およそ30時間のレゲヴも私もくたくたで家にたどりついた。しかし、レゲヴには「日本滞在記」を家族へ伝えるという重要な役目がある。そしていつか私達は日本へ移るかもしれない。にしても、レゲヴにとって、貴重な初めての日本体験だったことは間違いない。

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